PBWめも
~Sugary Kitty~男主Ver
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ピーンポーン 玄関のチャイムを鳴らす。 その後に続く静寂。 「澪、大丈夫かな……」 応答を待ちながらポツリと呟く。 今日は本当なら、お昼から二人で町の外に出掛ける予定だった。 一週間くらいの間サーカス集団がちょっと珍しい公演をしているらしく、それを二人で見に行こうと約束していたのだ。 うちに連絡があったのは今朝のこと。 深香さんからお出掛け中止のお知らせ。 曰く、澪が風邪を拗らせたらしい。 行くと言って聞かないから無理矢理寝かしつけた、ごめんなさいとの事だった。 空いてしまった時間。 一人でどこかに出掛けようかとも思ったが、心配になって結局来てしまった。 片手に荷物といくつかのフルーツを持って。 暫く待っていると少し控え目に開いた扉。 中から顔を出した深香さんが驚いた顔をする。 「あら透くん、どうしたの?」 「あ、すみません、急に押し掛けて。 澪のお見舞いにと思って」 「そう、わざわざありがとね。 でも澪はまだ……あっそうだ! ねぇ、ちょっと留守番頼まれてくれないかしら?」 「え?」 「薬が切れちゃって、丁度取りに行くところだったの! 透くんが居てくれたら安心だわ。 すぐ戻るから、お願いね」 「え!? あっ、あの……! ……行っちゃった……」 そこから先の速すぎる展開。 意味もよくわからないままに、玄関にたった一人取り残されてしまった。 思考の処理が追い付かない。 が、ここにいつまでも立ち尽くしているわけにも当然いかない。 「とりあえず……入るか」 俺は、大人しく家に上がらせてもらうことにした。 「澪ー? 起きてるかー?」 俺と澪が正式に付き合うことになってから、もうじき三ヶ月になる。 この家にも何度もお邪魔させてもらっているため、大分勝手もわかってきた。 リビングに荷物だけ置かせてもらい、フルーツ入りの袋を持って澪の部屋へ。 外から声をかけるものの、彼からの返事はなかった。 「入るぞー?」 もう一度だけ声をかけるが、やはり反応はゼロ。 まだ寝てるのかもしれない。 俺はなるべく音をたてないよう気をつけながら、そっと扉を開けた。 必要最低限の家具しか無い質素な部屋の左側に、場違いなほど可愛らしい桜色のベッド。 恐らくは深香さんの趣味だろうが、小さく盛り上がった布団が上下に動き、そこに人の存在を知らせていた。 「失礼しまーす……」 自然と抑え気味になる声。 傍に歩み寄ると、その影が小さくみじろいだ。 枕に遊ぶサラサラのオレンジがかった茶髪に、熱のせいでほんのり赤みを帯びた白い肌。 長い睫毛は涙でキラキラと輝き、形の良い唇は薄く開き熱い吐息を絶え間なく漏らしていた。 天使のように愛らしく、それでいてどこか色っぽい寝顔。 服の隙間から見える傷だらけの体が、細い体を更に弱々しく見せていた。 片手で首筋に触れる。 まだ熱い。 胸元を押さえているのは息苦しいからだろうか。 パジャマのボタンを少しだけはずし、いくらか表情が和らいだのを確認すると安堵の息を吐いた。 「タオル、温まってる……」 額に置かれた濡れタオルを手に取り視線を巡らせる。 机の上には洗面器に入った溶けかけの氷水と、無造作に散らばるサーカスのパンフレットや周辺情報の印刷物。 楽しみに、してくれてたんだな。 所々マーカーが付けられたり丁寧な字で書き込まれたそれらを整理し、崩れないよう机の隅にまとめて置く。 美味しそうなレストランのリストに付けられたマルバツは、もしかしなくても俺の為だろう。 彼は俺と出掛ける時、いつも細かい予定を立てて来てくれる。 行く場所、見るものに俺が喜ぶたび、俺以上に嬉しそうな顔で笑ってくれるんだ。 それが今日初めて無駄になった。 責任感も強い彼だ、きっと起きたら落ち込んでしまうだろう。 そして叱られた子犬みたいな表情で俺に言うんだ。 ごめんなさい、僕のせいで……って。 手にしたタオルを氷水に浸す。 冷水を吸い上げ重くなったタオルをギュッと絞ると、汗で濡れた前髪をかき上げるようにして乗せ直した。 「ん、う……」 「澪?」 ピクリと震える瞼が重そうに持ち上がる。 どうやら起こしてしまったようだ。 声をかけると数度瞬きを繰り返した後、緩慢な仕草でこちらを見た。 未だ半開きの目はぼんやりとしていて、どこか遠くを見ているように感じる。 「大丈夫か?」 「…………か……さ……?」 「え、なに? よく聞こえな……うぉっ!?」 彼がなにかを呟いた。 あまりに小さな声になにも聞き取れず、口元に耳を近づけようとする。 その瞬間片腕を引かれ、バランスを崩した俺は澪の上に思いきり覆い被さってしまった。 「れっ、澪!?」 「んー……」 どうやら寝ぼけているらしい。 慌てて退こうとする俺を引き止めるかのように、彼は俺の背中に両腕を回すようにしがみついてきた。 一気に縮まった距離と熱い体温。 潰してしまわないよう耐えてはいるものの、まるで押し倒しているような状況に心臓が激しく高鳴るのを感じた。 「澪? あの、離し」 「おか……さ……」 「え?」 「行かないで……おかあさん……」 ――お母、さん……? 耳を澄まさなければ聞こえないような弱々しく震えた声で、紡がれたひとつの単語。 その意味を考えてハッとする。 もしかして、亡くなったお母さんと俺を間違えているんだろうか。 「いか、な……で……そばにいて……」 やっぱりそうだ。 完全に寝ぼけている。 だけど荒い呼吸の合間にうわ言のように行かないでと繰り返す彼があまりにも寂しそうで。 すがりつく手に更に力がこもったのを感じると、俺は一度だけ溜め息を吐いた。 「ぼく……いっしょ、に……」 「……澪、ちょっと離せ」 「いやだ……」 「大丈夫だって、どこにもいかねぇから。 このままじゃちゃんと布団かけれねぇだろ?」 「……ほんと?」 「ほんと。 だから、な? いい子だから」 「……ん」 不安そうに両手が離されるのを見届け体を起こす。 乱れた掛け布団を捲り澪の隣に寝転ぶと、小さな体を抱き寄せた。 包み込むように布団をかけ直す。 そこまでしてようやく安心したんだろう、彼は嬉しそうにはにかみながら俺にしがみつき、頬を擦り寄せてきた。 再びタオルが落ちてしまうが気にしていないらしい。 子供みたいに甘えてくる様子に胸が締め付けられると同時に、そんな姿さえも愛しくて。 「風邪で、寂しくなったか?」 「さみ、し……?」 「お腹空いてねぇ?」 「ごはん……おなべに、しあうー……」 「喋れてないぞー」 彼の柔らかな頬に触れてみる。 氷水で冷えた俺の体温が気持ちいいのだろう、開きかけていた瞳を再び閉じて、深い吐息を溢した。 「ん……きもち……」 「もう少し寝てていいよ。 今姉ちゃんが薬買ってきてくれるからな」 「く、すり……?」 「そう、薬。 それ飲んで飯も食って、はやくよくなろうな」 未だうるさいままの鼓動も、今の彼なら気づかれることはないだろう。 「……き……」 「うん?」 「すき……だいすき……」 「……俺も、澪のこと大好きだぞ」 「うん……」 「おやすみ」 「……ん……」 それっきり静かに寝息をたて始めた彼の後ろ髪を何度も撫でる。 いつもは強いところもある彼だけど、今日は護ってやらなきゃいけない気がした。 この“好き”が俺に向けられたものじゃないことは残念だけど、母親には勝てるわけないから。 そうだ……もし彼が起きて今日のこと謝るようなら、こう言ってやろう。 今この瞬間こそが、なにより意味のある最高のデートだよって。 だから大丈夫だ。 これからはずっと、俺がお母さんの代わりに護ってあげるからな。 澪の為に……そして、今もどこかから彼を見守っているだろう、母の愛に応える為に。 腕の中の天使の額に 触れるだけのキスをした。 それは二人に捧ぐ誓いの証――。
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