PBWめも
右腕
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銃声と共に、肩から赤が噴き出した。 まるで降伏の意を示すように腕が勝手にだらんと垂れ、辛うじて握っていたナイフを取り落としてしまう。 「あちゃ、外した」 追跡者の声はこの張り詰めた空気にそぐわずテレビゲームでもしているかのように落ち着いていて、楽しげだ。大昔、一緒に遊んでいたゲームで俺の装備を泣いて欲しがったこいつの顔が一瞬だけ脳裏を過った。これが走馬灯だとしたら、この期に及んであの頃を引き摺ろうとしている自分自身に失望する。 「俺は兄貴みたいに器用じゃないからなあ。……やっぱり欲しいよ、兄貴のその腕」 「王凱……!」 なに、とでも言いたげに小首を傾げてみせる癖も昔のままだ。いつから狂ったのだろうか、なんて、愚問だろう。最初から全て間違っていたのだから。こいつを可愛がっていたことも、篝ヶ嶺家に生まれたことも。 俺たち兄弟は常に競わされ続けてきた。ひとつしか無い椅子のために、勉強も運動も、青春だって全て評価されて点数を付けられた。兄弟同士で憎み合い蹴落とし合い、各々が下手に知恵を付けた頃には俺の皿に毒を盛る奴までいたものだ。 だから俺はそんな馬鹿馬鹿しいレースを降りた。そのつもりになっていた。 「……何でだよ、俺はお前のために」 視界が揺れ、言葉尻が震えた。背を預けた壁伝いにずるりとその場に頽れる。篝ヶ嶺に生まれたからには決して涙を見せるなと言われ育ったが、今くらい構わないだろ。こんな時でも家の名へ許しを乞おうとする自分にぞっとして、笑いまで込み上げてきた。 「あ、そうそう、見てよ」 不意にぐっと近付いてきた二つの目玉に覗き込まれる。目の前にしゃがみこんだ王凱が、瞼を持ち上げるようにして目眩がするほど鮮やかなピンクの瞳を見せ付けていた。 「ほら、兄貴のおかげで手に入ったんだ! 吸血鬼の目と心臓。ほんとに実在するんだなぁ、吸血鬼って」 無邪気に笑うこいつは、そのために命がひとつ失われたことを分かっているのだろうか。デッドマンとして再生した故にそもそも命とは何か理解していないのか、或いは理解しているからこそのこの笑顔なのか。 ――命の話をするのであれば、この眼球の持ち主を見付け、手配したのは俺に他ならない。自分可愛さで罪の無い他人を献上し、卑怯にも自分だけ見逃されようとした。それで全てを終わらせられるわけがなかったのに。 「俺を、殺すのか」 「ああ、次は外さないから」 「……助けてくれないか、王凱、頼む」 「なんで? 一緒にいられる時間が長くなるってだけじゃん。嫌?」 嫌だ。震える呂律でそう言い放つと、そいつは傷付いた顔をした。俺の拒絶ひとつでそんな顔が出来るのに、どうしてそのまま銃口を喉元へと突き付けられるのか。 涙でぼやけた視界の中、トリガーには既に指がかかっているのが見える。視線を少しでも動かせば、こいつと目を合わせてしまえば、次の瞬間俺の全てを終わらせられる気がして怖かった。浅い息が漏れるばかりで声さえ上手く出せなくなった喉へ、銃身が甘えるようにぐりりと押し付けられる。 「俺は兄貴が好きだよ、かけがえの無い兄弟だし……昔から兄貴だけは俺に優しくしてくれた」 そうだ、お前だけは昔から可愛かった。誰も彼もが腐った目をしている篝ヶ嶺の世界で、お前の目は唯一爛々とすべてを愛していた。きっと何もかもが色鮮やかに見えていたのだろうあの無邪気な瞳を、お前は自ら捨ててしまったが。 「だから、これからも一緒にいたいんだ」 王凱は動かない俺の右手を取って、酷く大切そうに握ってみせた。 もう、祈りの言葉を口にするのすら許されないと知る。 それほどに王凱は真っ直ぐ俺を見ていた。 既に王凱の意思は篝ヶ嶺の意思で、篝ヶ嶺の意思は世界の意思だ。王凱が死ねと言うのなら、俺には直ちに身を差し出す以外の選択肢など端から無い。 そんな世界の真ん中でこいつは笑っている。 せめて最後は自分の意思で瞼を閉じた。 次にこのくそったれな世界を見るとしたら、こいつの一部として、あの人間味の無い瞳を介してになるだろうか。その世界は、俺にも鮮やかに見えるのだろうか。 *** 銃声と共に、噴き出した兄貴の体温が体を濡らした。 昔から俺を安心させてくれる優しい温度。死んでも尚、その優しさで俺の背を押してくれる大好きな兄貴。その穏やかな寝顔に「おやすみ」を言う。 どんな才人や職人よりも他の誰でもない兄貴の右腕が欲しかった。俺も兄貴みたいに、大きな手のひらで大事な奴の頭を、頬を温かく撫でてやれる人間になりたかったから。 兄貴の右手を取って、自分の頬にその手のひらを押し当てる。少し子供っぽかったかも知れないが、それを俺に指摘出来る人間は兄貴くらいしかいない。これからは“内側”から「こら、王凱」なんて声がいつもみたいに優しく聞こえてくるのだろう。 ふと、俺たちをべっとりと繋ぐその色に目が行った。 この新しい眼を移植してから、世界の見え方が少し変わったのだ。ただの色盲とは違う。世界から一色を忘れてしまったようでいて、その一色を心の底から渇望してしまうような飢餓感。 その二律背反がやけにこの身に馴染んで、誰かの叫びと衝動に俺は大きく首肯する。――ああ、きっとこの目だけが知っている、まだ見ぬ綺麗な赤が見たい! 纏わり付く褪せた茶色を払い、立ち上がればすっかり白んだ空に昇る眩い朝日が血溜まりに長い影を落とした。 必ずその色を俺だけのものにする。この世でただ一人、俺にはそれが出来る。 俺は篝ヶ嶺・王凱なのだから。
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