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月見里見月、歪んだエゴイスト
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○アレルギー、アポトーシス、アンチノミー 「私の名前は月見里見月、帝都に煌めくロマンチック学徒兵です!」 月見里見月という少女と接したことのある人間は、彼女を常に明るすぎるほど明るく振る舞う人物だと認識することが多い。実際その理解自体に間違いは無く、彼女は日常生活から猟兵としての仕事中、戦闘時にまでその敬語混じりの軽快な口調で話し続ける。常に物事を明るい方面に捉え、時に理性よりも感情を優先するロマン主義者だ。 故に、彼女が自殺を考えているというのは冗談なのだと思われる。青春期特有の病疾が逸った結果、おかしな文豪の作品に影響でも受けたのだろう、と。しかしそれに関しては、一見しただけでは把握しきれない事情が隠れている。 少なくとも彼女は本気で自殺を考えている。しかしそれはそうするより他はないからであって、積極的に選んだことでは無いのだ。万が一彼女に寿命が存在しない、永遠の命を保証されることがあったとしたら、彼女は一も二もなくそれを受け入れるだろう。 その矛盾した性質の根源は、一重に『自分の在り方に干渉することを許さない』という強力な自意識にある。彼女は全てを自分で決めなければならない。衣服から食事、交友関係、仕事……そして、死に際に至るまで。そのため率直に言って、彼女にとって『他人』という存在は最も忌むべき存在、敵そのものである。それがオブリビオンであっても、猟兵であっても、彼女の主観を歪めることは許されないのだ。 月見里見月という名も偽名、彼女自らつけたペンネームである。彼女は本来その名を名乗ることを許された存在ではない。思春期の麻疹では済まされない異常な自意識の原因は彼女の経歴、捨て去った『I』という名前の記憶に封じられている。 ○『私』と『I』 「呪われてあれ、私以外の全てよ」 月蝕の社という秘境で、長年受け継がれてきた祈祷師の家系がある。その祈りは天を晴らし、悪鬼羅刹を改心させ、死人さえ蘇らせた……と言われている。そこまでかは兎も角、腕の良い祈祷師を年々輩出してきたことは確かだ。 彼らの戒律は非常に厳格である。祈祷師は俗世の穢れを可能な限り遮断しなければならない。清められた服のみを着ることは勿論、極めて一部の状況を除いて顔を晒す事も許されない。名は個人の識別のための記号であり、一文字で十分だ。徹底した無私を追求し、心の底から人の為に祈る。あまねく世界の礎として、月蝕の人間は、人間であってはならないのだ。 その家系に生まれた少女の一人が、『I』であった。 彼女が外の世界に興味を抱くようになったきっかけは、とある人が渡してきた一冊の本と瓶詰めの薬であった。生まれてこの方『人』も『顔』も知らず怯える彼女に、黙ってこの二つを握らせた男は、とある言葉を残して消えた。 『呪われてあれ、人類——』 こうして、伝統ある祈祷師の家系から一人の少女が居なくなった。『月見里見月』は、顔を手に入れ、名を手に入れ、身分を手に入れ、もう二度と『月見里見月』以外の何者にもならないと誓った。 例え世界が滅ぶとしても、自分は自分で無ければならない。それさえあればいい。万民を助ける奇跡の力は、他人の在り方を歪める呪詛へと変わった。自我以外の何もかもが存在しない世界へと旅立つか、今の世界をそう作り替えるか。叶えようもない妄執と害意を抱え、『月見里見月』は今日も生きている。
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