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我が心は復讐に燃え
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赤い火群が揺れている。色の白い肌の裡で、血の色をした赤い焔が。 熱くも痛くもない、ただ掻痒感に似た腹立たしいもどかしさで吐きそうだった。 ――復讐の炎は地獄のように我が心に燃え 『 Der H?lle Rache kocht in meinem Herzen 』 目眩がする、酷い気分だ。額を押えて蹲るが、最早地面が平行なのか自分が揺れているのか判別が付かない。 どこだ、私はどこに居る。 ここだ、私はここに居る。 白い掌を赤く染め、底から立ち上る湯気すら生々しく心を燃やしている。 比喩では無い、眼前の風景はいま正に大火の中にあるのだ。 ――赤。 そうだ、この光はあの時村を焼いた色。それが掌が白く光っている。てらてらと生々しく光って見えるのは、愛した少女から流れ出た命の色があるからだ。 私の中にあの日の感情が蘇る。なぜどうしてと喚き散らしそれ以上の言葉が出ない。頭の中心は冷静な目で思考を追い続けているのに、何一つとして理解できない。これが現実だと受け入れられない私の心が、世界を拒絶している証だった。 瞬きを忘れて、横たわる少女に手を伸ばす。すぐに指先は柔らかな肌に触れ、残った温もりを探るように輪郭を滑っていった。 堰を切った感情が涙となって頬を伝い落ちた。 ああ姉様! あなたはなんて酷い人なのでしょう! 愛も恋も、憎悪すら自在に操ってこの世の地獄を築き上げた女性。 私の心に、唯一「復讐」という希望を残して逝った人。 私にとって最低で、最悪な夢の権化。 愛しい我が子を呼ぶように、私の全てを愛して壊していった。母であり、姉であり、唯一無二の少女だった人。 姉弟というつながりの中で、出合ってはいけなかった人。 「この命が、いっそ春を待たず、種のまま腐り落ちていれば」 あなたは唯の少女として生きていけたのに、どうしてそれを捨ててしまったの。 『あなたがいたから』 事切れたはずの唇が歌い、うっとりと微笑んだ。 桜が咲く。激情の嵐が理性を浚っていき、散った花弁が誘うように揺れる。 『私が憎い?』 「ええ」 『私を殺したい?』 「ええ」 『私を愛している?』 「ええ――いっそ殺してしまいたい程に!」 喉はカラカラ、渇きを通り越して餓えしか感じない。 早くこの心を満たす激情がほしい。壊れかけた心臓は、復讐という劇薬でしか正常に戻せない。 舌先で掬い取り、空の器に赤を満たして。殻を破って生まれた醜い雛は、鳴き声を上げる前に息絶えて。 彼女が与えた心が無ければ、復讐心さえ無ければ生きていけないのだ。 正道に戻ろうとしても、その白く清い様に尻込みしてしまう。 畢竟、一度堕ちた者はその場所で生きるしか無いのだと、まざまざと思い知った瞬間だった。 衝動のまま生きて、痛んで、傷付いた。勝手気ままに復讐心を振り翳し、唯それだけに寄り添った。 だからこの復讐心が潰える時に、この身は燃え尽きてしまうのだろう。 それ以上の理由も無く、唯漠然とした思いが胸の裡に去来する。 突き動かされるような衝動を喉元に向け、悲劇に溺れ陶酔する。それがこの「化け物」の本性であり、偽らざる姿なのだろう。 ああ嫌だな、と顔をしかめた。 けれど桜色の瞳に映った私は、口元だけ歪めて愉悦に噎び嗤っている。 ――ああ、なんて醜い姿なのでしょう! いっそこの顔ごと焼いてしまおうか。そうだ、それが良い。 満場一致、拍手喝采! 万歳唱和の嵐の声。 罪無き羊はいつだって生贄になると決まっているでしょう。 石を投げ、槍で串刺し。首を刎ね、火で炙り、四肢を引裂き、吊し上げては水に溺れて。 苦しみ藻掻いて死にましたとさ。 めでたし、めでたし! さあ始めましょう、幸福な結末(ハッピーエンド)のために、クライマックスは凄惨な死で飾りましょう。 ――だってあなたはその為に生まれてきたのだから。 少女の声が甘く囁く。 そうですね、と私は返事をした。 何も考えない、何も考えたくない。無知とは罪であると分っているのに、何も知りたくないと願ってしまう。 あなたに罪は無いのよ、だからこそ価値があるの。 この世は地獄、なれば復讐の炎は鮮やかに燃え唯一無二の光となる。 愚かで優しい私の弟。あなたの痛みが私を生かし続けてくれる。 『この傷がある限り、あなたは私を忘れないわ。だから私を愛して、傷付いて、苦しんで。 甘言に酔いしれて、私たちだけの地獄の中で踊って――悠里』 死者が蘇る。 灰となり、塵と消えた彼女が再びこの世に生まれる日。 「はい、姉さん」 私は迷い無くその手を取った。
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