PBWめも
星を食む
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「はーっ、さむーい!」 小さな手のひらを擦り合わせて、ほうっと息を吐きかける。 指の間を擦り抜けた白い息はふわりとあてどなく舞い上がり、やがて深い闇に溶けて消えていった。 「流石に水辺はまだ冷えるねー。ごめんねクロムお姉ちゃん、付き合わせちゃって」 月明かりを反射し柔らかく煌めく金の髪をふわり靡かせながら、くるりと振り向いた幼い少女ーー慧華の視線の先には、同じ色を持つ美しき妖狐、クロムの姿。 ゆったりと歩み寄って来るその手には、少し大きめのブランケットが二枚、そして小さな紙皿が一枚。 「大丈夫。私も気になったから。 これ、宿の人に話したら貸してくれた。よかったら使って」 「わぁ、ありがとう! 持ってくればよかったって、丁度後悔してたとこ」 二人並んで浜辺に腰掛け、それぞれブランケットを羽織ったり足に被せたり。 宿の女将が気を利かせてくれたようで、このサイズなら二人一緒に使ってもまだ余りそうだから。 それなりにきっちり防寒対策をしているクロムとは対照的に、冬用とはいえ丈の短いワンピースに上着一枚というあまりにもラフな格好をしている慧華が風邪を引いてしまわぬよう、暖かなウールで互いの体を完全に包み込んだ。 星を見に行きたい。 そう、最初に言い出したのは慧華だった。 散歩中偶然耳にした、とある世界のとある地域で起こる、一夜限りの素敵なお話。 けれど体験するには一人では寂しくて、これまた偶然ばったり出会ったクロムを半ば強制的に巻き込んだ。 目前に広がるのは、あいも変わらず静まり返った夜の海。 上空に煌めく無数の星々が青藍に反射する様は綺麗ではあるけれど、本当に見たいのはそれではない。 彼女らがずっと、待っているのは。 「もうすぐかなー」 「時間は、わからないんだっけ」 「うん。その年によって違うんだって。神様の気まぐれだから」 「……神様、か」 今まさに隣でぼんやりと空を見つめる少女こそが神様の卵だなどと、誰が信じるだろう。 少なくとも背に生えた翼を隠してしまえば、どこにでもいる年頃の女の子と何も変わらない。 仲間であるはずの自分ですら、ふと忘れてしまいそうになる事がある。 それはこの子の纏う雰囲気があまりにもあどけないからか。 「もう、日付変わってるけど。眠くない?」 「ん、だいじょーぶ。今日はあれ見るまで寝ないって決めてるんだから」 「無理しないでね。もし寝ても起こせるから」 「えへへ、ありがとー。あー、じゃあさ」 少しだけお話、付き合ってもらってもいい? そうぽつりと零された彼女の言葉に、コクリ頷く。 目に見える星空のもっと先、遥か彼方を見つめる彼女の瞳に今何が映っているのか、クロムには正確に推し量る事は出来なかったけれど。 「私ね、空から落とされた時の影響か、ちょっと記憶飛んじゃってるんだけど。 それでもうっすらと覚えてるんだ。 パパとママが、星を見に連れて行ってくれたの」 「星を?」 「うん。天界から見る星空はね、ほんとに凄いんだよ。もっと近くてキラキラしてて、そう、ちょうど図鑑で見た宇宙みたいで。手を伸ばせば本当に掴めそうで」 伸ばした手はそのまま空を切るけれど、語る慧華の表情には穏やかな微笑が浮かんでいて。 「私があんまりにも欲しがるからママが、時にはパパが、星を取ってくれた。 今ならわかるよ? それは本物じゃない。 魔法で作った綺麗な金平糖。 一緒に星を見に行っては、こうして腕を伸ばして……星を掴むフリをして。 手のひらに乗せられるそれが甘くて、不思議で、大好きで。 それから私は、星空が大好きなんだ」 ゆっくりと握りしめて引き戻した拳。 開いた手のひらにころりと転がる、金色に輝く金平糖。 「星、取ったの?」 「魔法覚えた今なら出来るかなって。クロムお姉ちゃんにもあげる」 渡された星屑は、口に入れるとホロリと溶けて無くなってしまうけれど。 その甘さは駄菓子屋に売っている金平糖よりもずっと優しく感じて。 「不思議な味……でも、美味しい」 「よかった。話聞いた時、思い出したから。 今度はクロムお姉ちゃんと、星を取ってみたくて」 思い出を辿るように指先で星をなぞれば、まるでその軌道を追うかのように、キラリと一つ、また一つと流星が落ちて。 海が、波が、砂浜が、蒼く白く淡い光を放ち始める。 一年に一度、流星群落ちる時。 海岸に光の波灯り、やがて空へと還るだろう。 蛍のように舞い上がる光の欠片達に願いを込めて、かつての先祖達はこう呼んだ。 この場所を、魂送りの海と。 「クロムさん、始まったよ!」 「すごい……本当に、光に包まれているみたい」 降り注ぐ流星群に迎えられながらふわふわと揺蕩っては、空へと登っていく光の群れ。 慧華がもう一度空に手を伸ばせば、先ほどよりも一回りは大きく、淡い輝きを纏った金平糖がころり。 一つ、また一つと作り出しては、紙皿の上に集めた。 祈りを込めた供物の代わりに。 決して本物の人魂でない事はわかっているけれど、今だけはこの土地の物語に倣って。 もう会えない両親への想いを、共に運んでくれる事を期待して。 「綺麗だね」 「うん……そうだね」 「ちゃんと空まで届くかな」 「届いてるといいね」 二人並んで星を食む。 思い出を過去にするために。 大切な仲間と、新しい未来に歩むために。 甘い甘い金平糖は、幸せの味がした。
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