PBWめも
言えない理由
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もしもこの世界で起こる出来事を日常と非日常に分けるとするなら、今起きている事は間違いなく非日常に分類されるだろう。 細く長い金色のツインテールを揺らしながら右に左に跳ね回る小さな子供。 これが親しい間柄であったなら、和やかな日常の一コマとして片付けられただろう。 そうではないから困っているのだ。 非日常で、非現実的。 この展開に明確な答えを出せる者は、どこを探しても存在しないだろう。 勿論、“彼”でさえも。 【言えない理由】 手元には作業途中のノートパソコン。 今書いている論文は、明後日には学校に提出しなければならない。 時間が無い筈なのだ。 それでも指が動かないのは、画面に視線を戻せないのは、目の前を彷徨く子供のせい。 綺麗過ぎる髪の色を除けば、後ろ姿はどこから見てもごく普通の女の子。 恋人と呼ぶには幼すぎるし、妹と言うには似てなさ過ぎる。 正直、可愛いと思う。 もしもこの場に女に飢えた悪友共が居たのなら、自慢して優越感に浸ってやりたいところだ。 天使と形容しても決して大袈裟じゃないレベルには、愛らしい子供。 それでも実行に移せない理由がある。 人様になんて話せない。 この存在を伝えるには、この子はあまりに訳有り過ぎる。 「はじめ、はじめ。これなぁに?」 「そりゃ電気のスイッチだ。この部屋を明るくする為の道具。 頼むからカチカチしないでくれ」 「でんき……明るくなる。ふしぎ、おもしろい」 「なぁ聞いてる?」 まず、この子は物を知らなすぎる。 正確には人間の暮らしを、だ。 こんな事を言うと笑われるかもしれない。 人間の子供が人間の暮らしを知らないなんてあり得ないと。 でも事実なんだから仕方がない。 この子は現在の人間界を知らない。 「お喋りはもう終わったのか?」 「光合成の時間だから、おやすみするって」 「そっか、なら仕方ないな。大人しくしてろ」 そしてこの子は人間以外の動植物とも会話が出来る。 一種の特殊能力みたいなものだ。 それはこの子の生い立ちも影響しているらしい。 人間であって人間じゃない。 この子は、動物に育てられた。 「はじめ、なにしてる?」 「大事なモン書いてんの」 「シゥ、つまんない。はじめ、あそぼ」 「だから……」 駄目だって。 続けようとした言葉を飲み込む。 俺はコイツ……シゥの眼差しに弱い。 シゥには壮絶な過去がある。 さっき言った件も関係するが、他にもいくつかある特殊能力のせい。 そして、この双眼のせい。 くりくりとした2つの色。 そう、いわゆるオッドアイだ。 それも片方は宝石のように澄んだ翡翠、もう片方は血のように深い赤。 どちらを見ても引き込まれそうなそれが、カラコンなどではなく生まれつきだというから驚きだ。 特にこの赤い方。 生き物の死期がわかるなんて言われたら、恐怖するなという方が無理な話ではないか? 少なくとも俺は無理だ。 いつ自分が死の宣告を受けるかわからない。 天然なのかシゥはためらい無く言うから尚更ゾッとする。 だからいつもさりげなく機嫌を伺っている、なんて知ったら悲しむだろうか。 見つめられるたび身構えてしまう。 すぐに毒気を抜かれるのも常なのだが。 「えい」 「わっ馬鹿、勝手に押すな!」 「はじめ、ズルい。シゥもダイジナモン書く」 「シゥにはまだ無理だって。これ読めねぇだろ」 「? ……これ、文字?」 「ほらなー」 人間の文字も読めないくせに、瞳を輝かせながら好き勝手にタイピングし始めるシゥに頭を抱える。 手書きでなくてよかった。 危うく1から書き直しになるところだ。 日本語として成立すらしない文字の羅列を打ち込み続け、しかし結局特別な面白さを見出だすことも出来ずに頬を膨らませる。 産まれて初めてのパソコンはお気に召さなかったようだ。 書き加えられた文字をデリートしていく俺の指と画面を真剣に見比べているあたり、物自体への興味は深いようだが。 ちなみに。 気づいている人もいるだろうが、コイツは女ではない。 正真正銘の男だ。 いくら髪が長かろうが、いくら華奢だろうが、“彼”は男なのだ。 産まれてから一度も切っていなかったという貞子並みにボサボサな髪を俺が結んでやっただけ。 切ることは出来ない。 それも訳有り。 「ねぇー、あそぼー」 「ひらがなの勉強でもしてろ。ドリル貸してやったろ」 「一人でオベンキョウ、つまんない」 「……じゃお絵描きでもしてろ、筆記具貸してやっから」 「ヒッキー?」 「ひきこもりみてぇに言うな。ひっきぐ、紙とペン」 「ひっき、ぐぅ」 「まぁなんでもいいが」 棚の中から適当な画用紙と、小さい頃に使ってたクレヨンを引っ張り出しシゥの前に置く。 彼は暫くそれを見つめていたが、興味が向いたのかやがてなにかを描き始めた。 それを横目に確認してから、俺は再び作業に戻った。 休憩用に淹れておいた緑茶の残りを一気に飲み干す。 削がれていた集中力が少しだけ戻った気がした。 ―――――----- 「うし、これで一段落っ」 キーボードから手を離し、座ったままグッと背伸びをする。 あれからおよそ二時間弱。 漸く終了の目処が立ってきた論文の内容を流し読みすると、いい子にできたことを褒めてやるためシゥに目線を移した。 彼の周りにはクシャクシャに丸められたいくつかの紙屑。 色の違う双眼が見つめているのは、彼の手元にあるカラフルに変化した画用紙。 その右下に黒いクレヨンでなにかを描き足した後、彼は眩しい程の笑顔を浮かべて勢いよく俺を見上げた。 「お前もできたのか?」 「うん! 見て!」 嬉しそうに差し出してきた紙。 そこにはメチャクチャだが人間らしきものが二つ描かれており、右下には彼なりに頑張ったであろう幼稚園児のような歪なひらがなで、“しうとはじめ”と描かれていた。 「シゥと俺?」 「うん! あのね、これ! これ、はじめ! こっちシゥ!」 「へぇ」 「あのね、はじめね、シゥの頭なでなでしてるの。いーこいーこって、してるの。 シゥが一番好きなはじめなの!」 「シゥは俺に撫でられんのが好きなのか?」 「うん、シゥ、はじめ好き! 大好きっ!」 穢れの無い純粋な笑顔で言われ、本日二度め、頭を抱える。 俺は彼のこういうところにも弱い。 この場合は恐怖とかではなく、つい甘やかしたくなってしまうという意味で。 母性本能が擽られるというか……いや、この場合父性本能か? 俺に見せるために何度も描き直したのだろういくつもの残骸を見て、溜め息と共に苦笑いが溢れた。 「シゥ、はじめのこともっと知りたい! だからあそぼはじめ!」 「しゃーねぇなぁ……じゃあ少しだけな。母さん達帰って来たらちゃんと戻れよ?」 「はぁーい」 突然部屋にやって来た幼い少年。 少し不気味で、可愛らしい子供。 動物に育てられたシゥの、一番の秘密は。 100年以上前に死んだ、幽霊だということ。
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