PBWめも
お題:好きかも、しれない〜宗田の場合〜
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「……どうしよう」 吹き付けてくる冷たい風。 凍えて思うように動かなくなった手足。 辺りを見回しても人影一つ無く、代わりにどこまでも広がる霧と闇。 「単独行動、するんじゃなかった」 栗花落澪。 ただいまプチ遭難中です。 ~好きかも、しれない~ きっかけは晃君だった。 『次の休み、白嗚山行こうよ』 『はぁ? ……あそこ、足場悪いし、夜には霧も出て視界最悪だから、事故の多発地帯になってるけど。 皆危険だから近づくなって』 『夜は確かにそうだけど。明るいうちに帰ればいいでしょ? 山頂まで行くと結構眺めいいんだよ』 『……二人で?』 『もちろん、皆で』 皆晃君には必要以上に逆らえないことも知ってて、招待してきたのが週明けの話。 他の皆も誘うと言っておきながら、紫崎君だけ呼ばなかったのも策士というかなんというか。 雨の予報が出てる翌日に指定してきたのも、今考えれば計算のうちだったのかもしれない。 待ち合わせは本当に速い時間で、確かに噂ほど危険な感じは無かった。 足場の悪さも慎重に歩けば然程気にならない程度で、澄んだ小川、山頂まで上がれば綺麗な景色も見れた。 ここまでは晃君の言う通り。息抜きにも丁度いい雰囲気で、お昼のバーベキューも美味しかった。 持ち寄った食材の関係で、諒太君の食欲を抑えるのに苦労したけど。 ごく普通のハイキング。 だから油断したのかもしれない。 水を汲むため、ポット片手に一人で川に行って。 夏輝君や鉄馬君は一緒に行くと言ってくれたけど、どうせ近くだったし、断ってしまった。 その途中、突然誰かに背中を押されて。 その横にあった急斜面から滑り落ちてしまった。 ……誰か、と言ってもあの人しかいないんだけど。 どうにか登ろうと思っても、足を痛めてしまったのか思うように動けず。 スマホを取り出してみても完全なる圏外。 挙句に段々天気も悪くなってきてしまって、たまたま見つけた斜面の小さな窪みに潜り込んで雨宿りをするうちに、完全に日が暮れてしまった。 恐らく上にはもう誰もいないだろう。 だってあの晃君が一緒なんだから。 また言い訳つけて帰らせたに決まってる。 そして適当な頃合いで迎えに来て、あたかも自分が助けたかのように振舞う。 陰湿、猫かぶり。それがいつもの彼の手口。 「夏輝君も鉄馬君も、察してたのかもなぁ」 あの時素直について来てもらえば、今頃平和に帰れてたのかもしれない。 雨で冷やされた空気は体中の体温を奪い、手足の感覚すらも無くなっていく。 こんな場所じゃだめだ、一晩明かすなら小屋か……せめて暖を取れるような場所でも探さないと。 けれど下手に動けば余計に迷う。 もしも動いて見つからなければ。この暗闇の中、またここに戻れるだろうか。 否……多分無理だ。森に入ったら最後、方向感覚を失って終わりだろう。 「あ……」 明かり代わりにしていた携帯もついに充電が切れてしまって、もはや自分の姿すらも見えなくなる。 耳に届くのはカラスの鳴き声。 確か山名の由来の一つだったか。 事故の多い場所だから、死体の味を覚えたカラスが、獲物を求めて群がるのだと。 趣味の悪い言い伝え。 ホラーに結び付ければ子供が近寄らなくなるとでも思ったのか。 今の時代じゃ肝試しだとか、たのしいおあそびの格好の舞台にされるだけなのに。 役に立たなくなったスマホをポケットにしまい、膝を抱える。 少しでも体力を温存するように。少しでも体力を逃がさないように。 ―――――――――――――--- それからどれくらい経ったのだろうか。 襲い来る睡魔と必死に戦っていると、突然ざりざりと音が聞こえた。 まるで何か大きいものが滑り落ちて来るような。 そして、動けずにいる僕の前に止まった誰かの足音。 突然向けられた強い明かりに目が眩み、すぐには誰だかわからなかった。 「見つけた」 「……し、ざき……君……?」 耳に響く低い声。 聞き間違える筈もない。 あの日僕を叱り、勇気をくれて、助けてくれた。 僕の全てを変えてくれた、恩人の声。 「またわかりづれぇとこ隠れやがって。 せめて足でも出しとけ、通り過ぎるとこだったぜ」 「……なんで、紫崎君が」 「鉄馬から電話。他の奴からも、堺以外からはメールラッシュ。 嫌な予感はしてたんだがな……確認してみりゃ案の定だろ。 充電無くなるからこっちからの連絡待てっつったが。 お前んとこの姉さんも心配してんぞ」 まさか、本日不在だった紫崎君のところに連絡が行くとは思わなかった。 それで紫崎君がすぐに動いてくれたことにも。 「ここ、よくわかったね……荷物?」 「あいつがそんなヘマするかよ。荷物は片付けられてた」 「じゃあ」 「勘」 「え……」 「お前は絶対、ここにいる気がした」 そして、彼の言葉に……僕は返すべき言葉を無くしてしまった。 勘だけでここまで降りてきたのかとか。 もしそれで僕がいなかったらどうするつもりだったんだ、とか。 頭に浮かんだ言葉はたくさんあった筈なのに、何一つ出てこない。 『お前は絶対、ここにいる気がした』 全く根拠の無い自信。 でも、紫崎君は本当に見つけてくれた。 そのことが、嬉しかった。 「ほれ、足痛めてんだろどうせ。 背負ってやっから、乗れ」 「……ばかじゃないの」 「なんでもいいから。夜が明ける前に帰るぞ」 差し出された背中に両手を伸ばすと、強い力で引き上げられる。 伝わる温もりが冷えた体に染み込んで来るようで、視界が揺らいだ。 「紫崎ぃー! 澪ぃーっ!! いたら返事し」 「小林! お前なんで来てんだよ、大人しく待ってろっつったろ!!」 「えっ、紫崎? ……あぁー! いたぁー!! 鉄馬こっち、紫崎も澪もいた!!」 「……鉄馬も一緒かよ」 「心配過ぎて待ちきれなかったんだって!! 流石に諒太は待たせたけど……」 「まぁいい、鉄馬、そっちにロープあるだろ。 今からチビ連れて登るから。 なるべくデカい木に結んだから大丈夫とは思うが……一応支えとけ」 「あいよ」 「おっ、俺は!?」 「……代わりに諒太と澪ん家に連絡しといてやれ」 「わ、わかった!!」 頭上から慌ただしく聞こえる声。 夏輝君と鉄馬君も来てくれたんだ。 たった一日で心配し過ぎだと思うけど……仕方ないんだろう。 低体温症を嘗めたらいけない。 それになにより、僕だから。 「チビ、寒くねぇか」 「大丈夫」 「心臓は」 「……だい、じょうぶ」 「そうか。登ったら上着貸してやっから待ってろ」 「上着まで、持ってかれてんの……」 「……眠きゃ寝ていいぞ。後始末は俺らでなんとかする」 「……重くなるし」 「怪我人がんなこと気にすんな阿保。 いいから、寝とけ」 「……ん……ありがと……」 優しい声。 紫崎君のこんな声、初めて聞いたかもしれない。 耳に溶けていくような心地よさに、収まっていた睡魔の波が再び襲って来て。 だけど今度は我慢する必要もない。 僕は、誘われるままに意識を沈めていく。 小さく胸に灯った、甘く切ない感情と共に。
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