PBWめも
冷たさの意味
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「さむぅーいっ!」 それは今冬一番と言われる程の寒さを記録した、ある晩の出来事。 冷たい風に晒されるのを避けているのか、この時期は必要以上の外出や寄り道を控える人が増える。 イベント事の何もない小さな土地なら尚更。 ここ日野川町も例外ではなく、星月が輝き始めた今、外は静寂に包まれていた。 建物の明かりも殆んど消え、今や街灯がポツポツと道を照らしているのみとなっている。 小雨降り頻る閑散とした闇の世界。 そこを鮮やかな赤と青が、二つ並んで歩いていた。 一つはくるくると軽やかに。 一つはひっそりと控え目に。 滴を弾く二つの傘は、その下に隠した主の心を反映させたかのように、寄り添いながら自由に動き回っていた。 そして静寂を割るかの如く響いたのは、赤い傘を持つ女性の声……否、雄叫びと言う方が正しいか。 「寒い寒い寒い寒いっ! というか痛い! 肌が痛い!」 「尚子さんうるさい。 隣で叫ばないでよ」 尚子と呼ばれたその女性は、素っ気なくも聞こえるコメントを寄越した少年の方に勢いよく振り返り、目線を合わせるように腰を曲げながら強い口調で更に続けた。 「だって事実じゃない! 今日の気温知ってる? 一桁よ一桁! こんなの人間の生きる環境じゃないわ、有り得ないわ!」 「そんだけ完全防備しててまだ言うか。 おねーさんどんだけ寒がりなの」 「私はそんな栗花落くんにこそ問いたいんだけどね、なんで手袋しないで平然としてられるの寒くないの!?」 「寒いよ?」 「手袋しなさい! あとマフラーも!」 長袖シャツも含め5枚程は重ね着をし、更に羽毛ジャンバーにマフラー手袋ニット帽と、防寒体勢万全の尚子とは対照的に、栗花落と呼ばれた小柄な少年は、上はタートルネックにロングコートと寒さ避けの意識はあるようだが、下は七分のダメージジーンズで手袋などの防寒グッズは一つたりとも身に付けていない。 ここまで見た目に差があれば、尚子が心配するのも当たり前だろう。 現に彼の手も顔も寒さでほんのり赤く染まり、体は小刻みに震えていた。 「ただでさえ体弱いのに、風邪引いたらどうするの……この間も同じこと言った気がするけど」 「だって持ってないし」 「買いなさい」 「そんなお金無いもん」 「そんな高くもないと思うけど……じゃあ私が買って」 「要らない」 「なんで! なら私の貸して」 「いいってば」 「だからなんで!?」 もう何度繰り返したかもわからないやり取り。 どうにかして暖を取ってほしい尚子だが、彼は頑として首を縦に振らない。 なにが気に入らないのか差し出したものすら受け取ってはもらえず、柔肌を冷気に晒し続けるのだ。 マフラーも駄目。 手袋も駄目。 帽子は勿論、上着も嫌。 彼が受け入れる温もりは、いつも一つだけ。 「仕方ないなぁ……じゃあこれならいい?」 「……ん」 片方の手袋を外し、直接繋いで自分のポケットへ。 彼が受け入れる唯一の防寒具は、尚子の素肌から得られる体温だけ。 目を閉じ小さく息を吐く。 白く染まった空気が二人の前をフワフワと漂い、闇に溶けるように消えていった。 「手冷たい」 「そりゃそうだろうね」 「やっぱ心配だよ。 せめてマフラーだけでも」 「却下」 「じゃあ長いマフラー買うから、二人で一つを使うとか!」 「……それなら、許す」 彼の頬に差した朱が、本当に寒さ故なのか。 真実を知るのは、本人だけ。 (触れ合う為の口実だなんて、教えてあげない)
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