PBWめも
区釆と区凹
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. 両親は俺を無意識に贔屓している。自分に向けられる感情に疎い兄は気づいていないようだったけれど、俺にはそれが耐え難かった。 母親の口癖はこうだ。『流石、区凹ちゃんね』。父親は大したことをしていなくてもこう言う。『区凹は優秀だな』。嗚呼、なんてみる目がない。自分の子供なのに、その性質すら見抜けないなんて。自分を卑下するわけではなくあくまで事実として言うが、俺は少し要領がいいだけの凡人だ。非凡なのは、どう考えても兄の方。身体的な優劣をつけるならば、俺より兄が数段勝っている。それを表に出すのが苦手な兄と、要領良くこなしていく自分。たぶん俺たちはそうやって産まれた。かみさまは公平で、不公平だ。俺はそれが嬉しかった。だって、兄は俺ではないから。だから俺は、兄を愛した。 十代も後半の頃、俺は兄と家を出た。両親を丸め込むのは容易かった。それに兄は俺の言うことはぜんぶ聞いてくれる。しょうがないなって。産まれた順番なんて数分しか違わないのに、兄の顔で、俺を甘やかしてくれる兄――俺より優れているのに、控えめな性格からか周りからは認められることも少ない。その頃、俺はこう考えるようになっていた。『それならもう、誰にも見せてあげないほうがいいんじゃないか』だって、勿体ない。みる目がない人間がまた勝手に俺と兄に優劣をつけて兄を貶すなら、もういっそ、俺だけが知っていればいいじゃないか。 『兄ちゃんは此処にいて?』 お願い、と甘えて見せれば、鎖なんかつけなくてもその言葉が簡単に兄を縛る。ずっと此処だけにいて。誰にも見せない、誰にも教えてあげない。そうして俺が“兄にもなってしまえばいい”。 そうやって俺は兄を家に閉じ込めて、自分が外で、兄としても振る舞うことにした。一卵性の双生児で容姿がそっくりな俺たちは目の色だけが違っていたけれど、昔からの俺たちを知る人がいないその場所では誰がそれに気づくこともない。俺になる。いつものように、ただ俺であればいい。兄になる。少し不器用で、だけど優しい兄になる。簡単だった。それほどに、要領だけは良かった。かみさまが不公平で良かった。そうしていつか本当の兄を知るのは俺だけになった。兄ちゃんが、俺だけのものになった! なのに、ねぇ、なんで? なんでなんだよ。 不審な動きがあることには気付いていた。嫌な感じがして、薄っすら自分が何かに掌握されているような――自分が……兄が――どっちだ。でも、兄だったなら――。観察するような視線が、時折刺さる。けれどその正体がどうしても掴めない。嗚呼、いやだ。気持ち悪さより、怒りや嫉妬が勝っていることに気づく。俺を通して、本当の兄に辿り着いたなら――そんなの、赦せない。 身代わり――なんていうのは、酷く自分に都合の良い言葉だ。気づいたら、俺は俺ではなく、兄でもなくなっていた。そうであった俺は死んだらしい。身代わりというか、俺が兄であったから、瞳の色も同じだと認識されていたのだろう。優秀な肉体を欲していた彼らの標的は、どう考えても“兄”だった。 混濁したすべてのなかで、愛おしい映像だけがある。見たことのない顔で、俺じゃない名前を呼んでいる。 ――最悪。 いくら俺の目を通しても、兄が自分を見ていないことが分かった。分かるよ、双子だもん。俺が兄ちゃんになったみたいに、兄ちゃんも、これになりたいんだ。 ――嗚呼、いやだ。 せめて、この目のままでと黒い感情だけが渦巻く。分かるから、苦しい。死んだはずなのに、死にきれていない感覚がグロテスクに意識を浮上させて、その映像だけを見せられる――これ、なんて拷問? でも一番最悪で、一番いやだったのは他でもない。 ざまぁみろ、なんて。考えたのはきっと一瞬だけですぐにそんな感情も消える。俺が何より兄に劣っていたのは、これが求めていた眼だったから。それなのに――俺もみることができなかった兄の赤を、兄から奪ったものでみようとするなんて。やめてくれ、やめて、赦せない、怒りで頭がおかしくなりそうだ、嫌だ、いやだ――。百回殺される方がマシなくらい、最悪だ。
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