それは、ある休日明けの夕方。
幸守中学の放課後に起こった珍事件。
「これ……どうしろって言うんだろ……」
少年の目の前には自分の下駄箱。
中に入っていたのは、本来そこにある筈のないもの。
「ピヨピヨサンダル?」
爪先部分には、その名の通り可愛らしいひよこの顔。
誰がどう見ても子供向けの代物だ。
元々あった筈の靴は隠されているらしい。
渋々履いてみるとサイズはピッタリ。
一歩踏み出しピヨ。
もう一歩踏み出しピヨ。
ピヨ、ピヨ、ピヨ、ピヨ……。
「……なんか腹立つ」
これならただ靴隠される方がまだマシだった。
そう思えるくらいに苛ついた。
靴も探さなければならないし、いっそ問い詰めてやろうか。
他の皆はまだ学校に残っている筈だから、やろうと思えばすぐにでもできる。
「よし……調べよう」
そんで絶対にこれ履かせてやる。
そう、心に決めたのだった。
視点:栗花落澪
被害者:同上
まずは朝学校に来てから今までの間、怪しい行動をしていた人間がいなかったかを思い出してみよう。
登校して最初に会ったのは夏輝くんだ。
僕は基本的に早い時間に教室に来る。
だから一番初めに着く事が多かったのだけど。
『あれ、夏輝くん?』
『あ、おはよう澪』
『どしたの、早いね』
『目覚まし壊れててさ。
遅刻かと思って慌てて出てきたら、逆に早すぎちった』
『なにそれまぬけー』
今日は珍しく、夏輝くんの方が早かった。
理由は時計の故障。
けど、この時の彼の様子には特に違和感は無かったと思う。
しいて言うなら少し恥ずかしそうだったくらい。
理由が理由だから仕方ないだろう。
それから皆が順番に登校してきて、でも相変わらず紫崎くんだけは遅刻してきた。
これはいつものことだ。
ここまででこれといって不審な行動をしていた人物はいない。
となると次は……中休み。
いつもみたいな呼び出しが無かった。
不自然なくらいに平和。
それというのも、休み時間が終わって早々、晃くんがいなくなったから。
お手洗いに行くと言って席を立っていた諒太くんが、戻ってすぐに教えてくれた。
『晃のやつ、さっき下駄箱で、なんかやってたぞ』
『なんかって?』
『いや、わかんねーけど……』
『ん……ちょっと見て来る』
『気ぃつけろよー?』
それで、下駄箱の様子を見に行って。
晃くんは確か、僕の靴に画鋲を仕込んでた。
そう……その時までは確かに僕の靴だった。
堂々と出ていくわけにもいかないし暫く見てたら、そこに鉄馬くんが来て。
『なにしてんだ』
『あ、鉄馬くん』
『……ああ、晃か?
あいつも懲りねぇな』
『なんでここに?』
『夏輝に言われたんだよ。
さっき諒太と澪が話してんの聞いたから、一応一緒に見に行ってやってくれって』
『そう……。
紫崎くんは一緒じゃなかったの?』
『あいつならさっき先公に呼び出された』
『今度はなにしたの……』
結局、その後すぐにチャイムが鳴って、晃くんも引き上げる準備を始めたから、僕と鉄馬くんも教室に戻って。
でもそれ以降確認には行ってない。
次の授業が終わってから紫崎くんが画鋲を取って来てくれたから。
多分、鉄馬くんに聞いたんだと思うけど。
晃くんがずっとこっち見てて……授業中飛んできた紙屑に、まだ手は残ってるんだからな、なんて脅し文句が書かれてたのを覚えてる。
お昼休みには、僕は夏輝くん諒太くんと三人でお弁当を食べた。
晃くんは気づいたら居なくなってたし、紫崎くんと鉄馬くんがグループに参加しないのはいつものこと。
食べ終わった後少し時間が出来て、諒太くんが何かが入った小さな手提げ鞄を持って出ていった。
『諒太くん、どこ行くの?』
『え、えっと……後輩と、約束してて』
『後輩ぃ? お前1年に仲良い奴なんていたか?』
『い、いいだろ、なんでも。
着いてくんなよ!』
『うん……?』
結局、誰となんの約束してたのかはわからないままだった。
それから、えっと……。
ああ、そうだ。
鉄馬くんのハンカチが無くなったんだ。
皆で教室とか男子トイレとか、思い当たる所を手分けして探したけど全然無くて。
次の授業が体育だから諦めて更衣室に行ったんだけど、忘れ物したって夏輝くんが教室に戻って……戻って来たのは授業が始まってからだった。
それで、遅かったねって話しになって。
そしたら、夏輝くんが鉄馬くんのハンカチを持ってた。
下駄箱のところに落ちてたって。
鉄馬くん本人は首傾げてたけど……いつ下駄箱寄ったのかな。
タイミングがあるとすればお昼休み?
紫崎くんも一緒だったのかな。
でも晃くんも居なかったし……。
そして、今。
諒太くんと夏輝くんは教室で必死に授業で終わらなかった課題をやっている。
紫崎くんはさっきどこからか戻って来て、僕が出る頃には自分の席で夢の世界に入っていた。
鉄馬くんは隣のクラスの女の子と何かを話しているのを見た。
晃くんは……わからないけど、鞄が残ってたからどこかにはいるとは思う。
思い出してみると、全員に犯行のタイミングはあるわけで。
怪しい人物もチラホラ。
一度全員に聞いてみた方が早い、か。
晃くん以外は場所もわかってるんだ。
聞き込みでもしてみよう。
容疑者:晃
宗田
鉄馬
諒太
夏輝
ということで、晃くんだけは紫崎くんに探すのを手伝ってもらって、聞き込み開始。
勿論あのサンダルはもう脱いで、今は僕の腕の中。
若干名に履いてみろって言われたけど、丁重にお断りさせて頂いた。
想像したらしく大笑いし始めた夏輝くんと諒太くんには痛いプレゼントをあげたけど。
足技なら得意だよ、僕。
そして、集めた証言がこの通り。
晃くんは、画鋲で失敗した分僕より早く下駄箱に来て新計画を実行しようとしたけれど、その時にはもうこのサンダルになっていたから諦めた。
紫崎くんが画鋲を取りに来た時はまだ僕の靴はそのままで、それ以降一度も下駄箱には寄っていない。
鉄馬くんも紫崎くんと同様に、晃くんが画鋲を刺してる所を僕と一緒に目撃して以降、一度も下駄箱には寄っていない。
諒太くんはお昼休みに下駄箱には来たけれど、その時はまだ僕の靴はそのままだった。
夏輝くんはずっと僕と一緒に居たか教室に居たし、誰にも見つからずにそんな大きいもの仕込む余裕なんて無い。
これらの意見を全部信じたとしてまとめると、ピヨピヨサンダルが仕込まれた可能性があるのはお昼休みから放課後の間、ってことになるわけだけど。
「晃、お前昼休みどこ行ってた?」
最初に口を開いたのは鉄馬くん。
問われた晃くんは当然不機嫌な様子で鉄馬くんを睨んだ。
「なに、僕を疑ってんの?
殺すよ?」
「そうじゃねぇよ。
お前が一階に降りて行くの見たから言ってんだ。
宗田も一緒に見てるからな」
「それは焼却炉の方に用があったから。
処分したいものがあったんだよ。
第一ピヨピヨサンダルなんて子供じみた悪戯僕が考えると思う?
どうせやるならもっとエグいのやるよ」
「お前な……」
「ふん。
ああそういえば、僕も諒太見たよ」
「諒太くん?」
次いで標的になったのは諒太くん。
話を振られると、彼はビクッと肩を震わせた。
「荷物抱えたまま一人でコソコソと、何してたんだろうね?」
「諒太、お前後輩と約束あるって」
「ちが、違うよっ!
僕はその……餌を……」
「餌?」
「……裏に、猫が……住み着いてて……」
口ごもる諒太くん。
けれどこの辺りで猫なんて僕は一度も見たことが無い。
だから更に問いかけようと口を開くものの、僕より紫崎くんの方が早かった。
「住み着いてんだかどうだかは知らねぇが、猫が彷徨いてんのは確かに見たことあるな」
「え、ほんと? 紫崎くん」
「ああ」
「あ、俺も見たことある!
かーわいいよにゃーあの子。
多分まだ子供だよ、白いやつ。
最近産まれたばっか」
「そう、その子だよ、その子!
なら、僕は無実だよな!?」
「つっても、こいつが餌やってる所を見たわけじゃねぇから、どこまで本当かは知らんがな」
「う……ほんとだよぉ……。
それを言うなら、宗田と鉄馬だって、度々居なくなってたじゃんか」
「俺と鉄馬は、俺が先公に呼び出された時以外はずっと一緒に行動してる。
不審な動きがあったら真っ先に気付くっつの。
小林はどうなんだよ」
「俺だって、忘れ物取りに行く時以外はぜーんぶアリバイあるよ?
画鋲の件の時は俺が教室に居た事クラスの全員が知ってるし、それ以外は澪くんと一緒に居たし。
ねー澪くん」
「ま、まぁ……そうだけど」
お互いに罪を擦り付けあう5人。
駄目だ、このままじゃキリがない。
疲れから諦めの言葉が脳裏を過り、口からも深い溜め息が溢れた。
が。
「おい澪。
そのサンダル、なにか付いてんぞ」
「え?」
近寄ってきたのは鉄馬くん。
僕の抱えるサンダルから、指先でなにかを摘まみ上げる。
そこにあったのは。
「黒い髪、だな」
「黒髪?」
少し長めの黒い髪。
これが犯人のものだとするなら、この場で当てはまるのは夏輝くん、鉄馬くん、諒太くんの三人だけだ。
全員の今までの行動。
一人一人の証言。
そして、ハンカチと髪の毛。
この中に犯人は一人だけ。
嘘をついているのは、誰だろう?
解説とおまけ
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