PBWめも
坂月司、逆転した運命論者
作成日時: 2021/07/06 23:12:33
○よく当てる占い師
「『恋人』の逆位置……残念ながら、彼氏さんとは別れた方が吉、ですね」
UDCアースのとある街。毎週土曜日の深夜、路地裏に現れる占い師の噂があった。黒いローブを被って、いかにもミステリアスな出で立ち。
占い自体はよく当たったが、上向きな未来を告げられた人間が一人もおらず、占い師に会った人間全てが何らかの不幸に見舞われていた。暫く経って、とあるグリモア猟兵がその占い師には邪悪なUDCが関係しているという予知を行う。
出動した猟兵達は、今まさに邪神に襲われようとしている占い師を発見、これを保護。占いの結果はこの邪神が歪めていたのだろう、という結論が出た。占い師が新たに猟兵として働くようになったことを除いて、元通りの日常が戻ってきたかに見えた。
しかし、その件の黒幕は他ならぬ占い師自身であった。邪神が現れたのは偶然のこと、彼女は悪事が露見する寸前で悪運に恵まれたのだった。その力を一般人に対して振るうのは止めるようになったが、悪意の相手がオブリビオンになっただけで、その性質は未だ変わっていない。坂月司。彼女が他人の運命を歪めるのは、そうする事で自分が相手より恵まれた立場にいるという感覚を楽しめるからである。
○逆位置の運命
「残念ながら、運命を変えるというのは不可能なんです」
過去に起こったこと、現在起きていること、未来に起こること、その全ては『運命』というシステムによって貫かれている、という議論がある。しかし、そのような運命が存在したとして、人間の行動に影響を与えることがあるだろうか? カーテンを捲って裏側で蠢く機構の行く末を確認することなど出来はしない以上、この世界に存在するのは過程と結果だけだ。少なくとも、認識できるものは。努力をして困難な目標を達成したという結果が、あらかじめ決まっていた運命なのか、努力という行為が運命を変えたのか判断することは不可能だ。だから運命論に関する議論は、そのシステムを運営しているのが誰なのか、という宗教的議論に持ち出されるのが関の山であり、行動学とか人類学の範疇ではない、とされている。
が、彼女は別だ。元々はとある企業に勤めていたOL、現在は猟兵の運営組織の一員としてグリモアベースで働いている坂月司は、所謂運命論者である。定められた運命は、何を以てしても覆すことは出来ない、と彼女は主張する。例え猟兵でも、オブリビオンでもだ。しかし、彼女の論理はそこに一つの例外を用意している……彼女自身だ。
彼女が操るタロットカードは、出た絵柄によってそれに暗示された運命をもたらす……とされている。魔術師の逆位置なら精神的混乱が、運命の輪の逆位置なら不運が、月の逆位置なら状況の変化が。そしてその結果を導く為に、過程には様々な魔術や、召喚術が差し込まれるというのだ。彼女は、自分こそが唯一運命を変えることを許された存在なのだという傲慢を未だ内心に隠し続けている。敵であるオブリビオンはもちろん、他の猟兵たちに対してすら。自ら打ち立てた運命論に縋る歪んだ選民思想を、ごく普通の会社員が持とう筈もない。彼女は明らかに、力を手に入れたことで暴走しているのだ。
彼女自身は知るべくもないことだが、坂月が使っているタロットカードは一枚につき二体の精霊が封じられている。それを利用して魔術を行使するので、系統的にはアルダワで確立された精霊魔術の触媒と言えるだろう。出自不明のアーティファクトである彼らは、手に取った人間の性質によってその力を変化させる。結果として現在、一枚につき二体……つまり、『正位置』と『逆位置』を担当する精霊のうち『正位置』の力は非常に弱まっており、彼らは現在『死神』のカード一枚に集まって何とか長らえている。そして彼女は、『逆位置』からネガティブな影響を受けて現在の性格を形成してしまったのだ。いや、正確には悪化させてしまった、と言った方が良い。
○消えない負債
「何で……居なくなったの……?」
彼女の性格が歪んでしまったのは、心に残った消えない傷が関係している。何十もの世界を見渡してみれば、それはありふれていると言ってもいい悲劇、しかし一人の人間を変えてしまうには十分すぎるほど重い物語。
地方の高校から、努力を重ねて都市圏の大学に進学した彼女は、とあるバンドサークルに所属することになった。都市での一人暮らしに慣れない彼女のことを、メンバーは丁寧に扶けてくれ、その中でも特に一学年上に当たるギター担当の男性は、様々な面で彼女に世話を焼いてくれた。純朴な少女だった彼女が恋に落ちるまで、時間はかからず、彼のその思いに応えた。
やがて二人は大学を卒業し、共にアパートの一室で暮らすことになる。元々バンド自体に興味があった坂月とは違い、ギタリストは音楽の道を続けようとしていた。が、それには得てして先立つものが必要だ。ある日、彼は彼女に一枚の書類を差し出した。連帯保証契約……その言葉の意味するところを知らないわけではなかったが、彼女はそれにサインした。彼に助けられた恩を、少しでも返すためだ。彼は涙を流しながら感謝し、その日二人は普段は食べないような豪華な食事をした。
その翌日、彼は貴重品を全て携えて部屋から消えたのだった。
この話はこれで終わりだ。まるで適当に書かれた台本のような陳腐にも思える物語、しかし彼女に消えない傷を刻み込んだのは紛れもなくこの一件だ。
こんな絶望も、全ては逆らえない運命がもたらしたものだったとしたら……それは救いになるのだろうか?
●真の姿
運命の寵児は、自分に消えない傷を刻み込んだ運命を呪った。露わにならない右目から、赤色の涙が零れ落ちる。長髪は重力が逆転したかのように、天に向かって乱れる。その足は地面につけられておらず、今にも飛び立ちそうに浮かんでいるが、地から生えた枷がそれを許さない。その姿が象徴するのは十二番目のアルカナ、刑死者の逆位置。『艱難辛苦に耐え抜く心』が反転し、『課題への諦念』を暗示する。自らの意思を捨て、ただ繰り言を呟くだけになった彼女は、運命を操る呪詛の依代としては通常時より都合の良い存在として、より強力な力で敵対者に致命的な運命を与えるだろう。
彼女はもう、何も嘆かない。何も悲しまない。何も喜ばない。全ては運命に導かれた事なのだ。他人の不幸も、死も生も、耐え難い心傷も、二十一枚のカードが示す通り……
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2020/11/10 17:35:21
最終更新日時:
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