それは2泊3日、野外学習の最中に起こった出来事。
班ごとに別れての山中探索があった。
昼食はみんなで手作りしつつ、決められた場所に隠されたクイズの答えを集めながら自然に関する知識を深めようみたいな、ちょっとしたゲーム。
勉強ついでに協調性も養う目的で考案されたものらしいけど、組み合わせが好きな者同士という時点でうまくいくはずなんてなかった。
このクラスには“逆らっちゃいけない”人間が5人いる。
入学当初から僕の生傷が絶えない元凶。
といっても最初は4人組だったんだけど。
元々はクラスもバラバラで、全員揃うのは休み時間くらいのものだった。
一人が見つけた僕というオモチャを、その時間に限り全員で共有していただけ。
それ以外は相手も少ない分、気力の面では対等に渡り合って来れた。
それが今年からは同じクラス。
決めなきゃいけない班は6人一組。
余り物の僕は強制的に彼らの元へ。
歓迎されてる様子の僕に、先生は仲良くしてねと言った。
その裏にある意図に、気づいてはくれなかった。
自分で言うのもなんだけど、僕は気が強いから。
あいつらには逆らうな。
小学校から彼らを知るという、クラスメイトの忠告を聞かなかった。
彼らの横暴を見逃せなかったがゆえの今。
巻き込まれないようにとみんな僕から離れていった。
ただでさえ味方がいないのに、山の中では尚更だ。
誰の目も届かない。
やりたい放題の自由な環境。
ろくなことにならないと予感はしていた。
「こっち来んなよ病原菌っ!
また立てなくされたい?」
「っ……言われなくてもわかって、いっ……!!」
「もー、駄目だぞ澪くん。
痛い目合いたくなかったら口のきき方には気をつけろって、前にも俺が優しく教えてあげたっしょ。
うちのリーダー怒らせたら怖いんだからさぁ、素直になっといた方がいいよ?
悪いことしたら、なんて言うんだっけ?」
「……」
「あれぇー、覚えてないのかな?
申し訳ありませんご主人様、でしょ」
「うはは、ご主人様とかマジ笑うわ。
ついでに土下座とかさせてみたら?
コイツそういうの嫌いそうだし」
「おっ、いいねー土下座。
だってよ澪くん、早くやりなって。
リーダー待たせちゃ駄目よ」
「……モーシワケアリマセンゴシュジンサマ……っ」
「もっと頭付けろよ。
つか片言とか嘗めてんのかぁ? あん?」
「まぁまぁ怒んない怒んない。
ほら、見ててあげるからもう一回」
「……申し訳ありません、ご主人サマ」
「……だってよリーダー」
「君さぁ、ほんっと生意気。
まぁでも班行動だしな、多少の距離は仕方ねぇか。
今回だけは見逃してやるよ。
その代わり後片付け全部よろしくな、病原菌君」
「……ハイハイ、ご主人サマのおーせのままに……ったく……」
集団攻撃は彼らの十八番。
僕はそれにただ耐えるだけ。
殴られようが踏まれようが髪の毛掴まれようが、限度を超えない限りは好きにさせておく。
反抗的なのは態度と口だけ、手だけは絶対に出さないと決めていた。
もちろん最初のうちはこっちから喧嘩を売ることもあったくらいだけど、あんまりエスカレートさせると周囲も巻き込む可能性があるのは最初の一週間で充分に学んだし、なにより可能性を信じたかったから。
「お前相変わらず見てるだけかよ。
一緒にやらねぇの?
面白いぜ、病原菌いじめ」
「……俺は見てるだけでいい」
「そっか?
んー、でもあいつ全然泣かなくてちょっと物足りないっつーかさ……なぁ、もうちょっとくらい酷くしても」
「あぁ?」
「あ、いや……なんでもねぇ……」
「…………」
それに、僕には気になることがあった。
紫崎宗田(しざきそうた)君。
今年から新しくメンバーに含まれた一人。
いつも一緒につるんでる筈なのに、こういうやり取りには一切関与しようとしない。
やられてる僕を遠巻きに見てるだけ。
どこかに寄りかかりながらだったり、昼寝の体勢に入りながらだったり。
それも面白がってる様子も無く、むしろ無関心というか。
仕方なく付き合ってるだけ、そんな感じ。
他の4人も彼にだけは気を使っているように見えた。
口が悪くて喧嘩っ早くて先生ともよく言い争っているような奴。
過去にもなんらかの暴力事件を起こした経歴があるらしい。
猫被りで有名なリーダーでさえも、必死に言葉を選んでる。
そこまで酷い怒り現場には幸いまだ遭遇してないが、まぁこれだけ情報があればどうなるかくらいの想像はついた。
そんな彼だからこそ余計に気になったのかもしれない。
近づいても拒絶されない理由。
手を出してこない理由。
ただ相手にされないだけ、それだけで済まされている意味。
他の人とはなにかが違う。
そんな感覚が純粋に不思議だった。
少しでいいから話してみたい。
ずっとそう思ってた。
http://ideapad.jp/1a2a2dc4/view/