PBWめも
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やっと、言えた
作成日時: 2021/03/23 23:01:20
【はじシゥ生まれ変わりネタ】
大切な人が眠る墓の傍。
寺の入り口にある階段の上、シゥはずっとそこにいた。
まるで死んだように力無く、地を見つめながら座っている。
道を歩く人々は誰も彼に気づかない。
何百年もの長い歳月、彼は一人そこにいた。
待ち続けるのは愛しい人。
たった一人の大切な友達。
本来ならば生まれ育った土地に拘束されている筈の身だ、そこから離れたこの場所で長い時を過ごすのは、彼の呪われた体には負担でしかなかった。
それでも、帰りたくはなかった。
あの人から離れたくなかった。
地元にいる“家族”よりも、“人間の友達”を彼は選んだ。
たとえ二度と動けなくなっても、それでもよかった。
衰弱した体。
とうに限界を越えていた。
それでも、ここに居たかった。
あの人が眠る、この場所に。
「おいお前、大丈夫か?」
「……?」
突然誰かに話しかけられた。
いや、正確にはわからない。
もしかしたら自分以外の誰かに向けたものかもしれない。
自分に向けられる言葉なんて、あの人が死んでから一度も耳にしていない。
ただ、声がとても近かったから。
重い頭をゆっくりとあげる。
視界に映った少年の瞳は、確かに自分に向けられていた。
「よかった、生きてた……ぐったりしてるから心配したよ。
どっか具合でも悪いのか?」
「……」
間違いない。
少年は今、自分に話しかけている。
自分のことが見えている。
こんなこと初めてだった。
思わず話しかけようと口を開く、だがその唇が音を紡いでくれることは無い。
困ったように目線を泳がせると、少年も察したのかシゥの隣に鞄を降ろした。
「お前、喋れる?」
「……」
静かな問いかけにふるふると首を振る。
すると少年は鞄からノートと鉛筆を取り出し、シゥへと差し出してくれた。
ここに書けということらしい。
シゥは人間だったが、動物に育てられた。
そのため人間が使う言葉の多くを、彼は未だに知らないままだ。
ただ、平仮名と片仮名だけは習ったことがある。
あの人がまだ生きていた時、シゥは沢山のことを教えてもらった。
ノートの後ろのページを開き、上の方に小さく言葉を綴る。
記憶を必死に辿りながら、年齢にそぐわない稚拙な文字で。
『きみ だれ?』
ページを見せると、少年は小さく微笑んでくれた。
「俺は、寺本一希。漢字の一に希望の希で、いつき。
この間こっちに家族で引っ越して来たんだ。
まぁ正確には、此処が母さんの田舎だから、帰ってきたって方が正しいのかもしんないけど。
お前は? 名前」
『シゥ』
「シゥ? 外人?」
『たぶん』
「そっか、その髪珍しいもんな。
てかお前、よく見たら裸足じゃん。服もボロボロだし、ほんとどうしたんだ? 家この辺なのか?」
少年、一希の指先がシゥの足に触れる。
温かい。
生きた人間の体温。
こんな風にはっきりと感じたのは、久しぶりだった。
思わず泣きそうになり、慌てて鉛筆を取る。
似ている、あの人に。
においも温度も雰囲気も、全てが似すぎている。
でも、だけど、そんな奇跡みたいなこと……。
『いつき てらもと?』
「ん? ああ、寺本」
『はじめの知り合い?』
「はじめ? ……あー、そういや母さんとこの祖先かなんかに居たな、寺本一って人。
え、なに知ってんの? はじめさんって偉人かなんか?」
二度と動く筈の無い鼓動が、高鳴ったような気がした。
驚きに目を見開く。
ずっと待ち続けた大切な人。
寺本 はじめ。
母親の祖先だと一希は言った。
だとするとこの少年は、はじめの……。
『ともだちだった』
「友達ぃ!? わかりやすい冗談だな! あんなのもう何百年も前の人だぜ!?」
『じょうだん ちがう
ほんとに ぼく まってた
ここで ずっと』
「ふーん……変な奴。
でもなんか俺、知ってる気がする。お前みたいな奴。
それにシゥって名前もなんとなく懐かしいような……なぁ、前にどっかで会ったっけ?」
会ったことなんて無い。
一希とは今日が初対面の筈だ。
だけど、一希は今確かに“懐かしい”と言った。
まさか、覚えていてくれている?
一希は、本当に……。
『はじめ?』
「へ?」
『いつき ぼくみえる にてる
はじめとおなじにおいする』
「え、見えるってなに」
『あいたかった ずっとまってた
いつき はじめってよんでいい?
よびたい はじめ』
「あ、えと、まぁ、どうせ同じ漢字使ってるし、別に、いいけど」
『はじめ はじめ
ぼく いえ ない
おばけだから
だから はじめといたい』
「は!? え、おば、えぇっ!?」
『ぼく ここ うごけないの
ちょっと つかれちゃって
はじめ つれてって?』
「ど、どこに!?」
『はじめのいえ』
「俺ん家来んの!?」
『だめ?』
「う……まぁ……どうしてもじゃ、ない、けど……大人しくしてんなら」
『やっぱり はじめ やさしい
はじめ すき ともだち
よろしくね はじめ』
「……うん?」
この日できた、新しい友達。
寺本一希。
あの人の子孫に当たる小学生の男の子。
時間が経てば経つほど、成長すればするほど、あの人と瓜二つになっていく。
少しずつ増えていく身長差も。
声変わり時期を過ぎて低くなった声も。
得意な教科も、好きな食べ物も、なにもかもがはじめと同じで。
その大きな手に撫でられるたび、幸せな気持ちになって。
帰って来てくれた。
忘れないでいてくれた。
また、友達になってくれた。
だから今度はこっちが動かなきゃ。
もう一度はじめに会えたら、伝えると決めていたこと。
声を忘れたせいで遅くなったけれど。
気持ちを伝えるのに、遅すぎることはないと思うから。
「……」
「ん、どしたシゥ?」
服の裾を引っ張るとすぐに振り返ってくれる。
その頭の位置は、今ではシゥよりずっと高い位置にあって。
成長できない自分が寂しく感じる反面、この距離感が酷く懐かしくて。
「っ……」
唇を開くと漏れる息。
片手で喉を抑えながら、何度も何度も繰り返して。
「シゥ? どうし」
「……じ……め」
「!?」
「は……じ、め」
ようやくこぼれ落ちた音を、もう二度と忘れないように。
「はじめ……おかえり」
噛み締めるように、大切に。
「大スキ」
「お前、声が……!!」
「もう、大丈夫」
「シゥッ!!」
微笑みと共に伝えたら、思いきり抱き締められた。
一希はあれから力も強くなったから、加減が無いと少し痛い。
「はじ、め?」
「よかった……ほんとによかった……!!」
一希にはじめとしての記憶なんて無い。
だけどこういうところはなにも変わってなくて、それが嬉しかったから、はじめしか触れないはずの両腕で、震える大きな背中をそっと抱き返した。
― ―見つけてくれてありがとう、はじめ。
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2021/03/23 23:01:20
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