PBWめも
お題:隣同士がいちばん自然
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「いらっしゃいませー!」 一歩足を踏み入れた瞬間鼓膜を揺らす柔らかな女性の声と、鼻孔をくすぐる甘い香り。 慣れない雰囲気に思わず足を止めると、後ろを歩いていた小さな影は、対照的に前へと一歩、二歩。 「すごーい、お洒落なお店だねぇ。 開店早々話題になっただけあるや」 「……女ばっか」 「あは、まぁ洋菓子店って大体そんなものだよね。 席どうする? 向こうの方空いてそうだけど」 「どこでもいいが、あー……窓際じゃない方がいい」 「外から見えるから?」 「そう。あ、あの奥丁度空いたな」 お昼のラッシュも落ち着いて、人も疎らになり始めた時間帯。 席を立つ学生4人組と入れ替わりに、奥側のソファ席を確保する。 向かい合わせに腰掛け、隣の空席には荷物を置いて。 澪の隣からちょこんと覗くのは、ここに来る前ゲーセンで取ってやったふわふわ犬のぬいぐるみ。 「タイミング良かったね。もっと混んでるかと思ったけど」 「澪の言う通り、昼は外して正解だったな」 「鉄馬君はこういうとこ来るの初めて?」 「だな」 「そっかぁ……えへへ、なんか嬉しい。 何頼もっかー。甘いのは平気?」 「余程度を越えてなきゃなんでも食えるし、お前のお勧めでいい。 あ、飲み物は珈琲で」 「オッケー、ちょっと待っててね」 メニューとにらめっこし始めた澪を眺めつつ、運ばれてきた水を口に運ぶ。 本日付き合い始めての初デート中。 本来なら俺がリードすべきところだろうが、残念ながら俺の行きつけはスポーツ系しか無く。 体の弱い澪でも遊べるもの、と色々考えた結果、2ゲーム程ボーリングした後ゲーセン寄って、昼は澪の好きなところに、とメールで打ち合わせたのが昨晩の話。 いざ案内された場所が思いがけずお洒落で驚きはしたが、菓子好きの澪のことだ、話題の店に興味を持たないわけもなかった。 この後どうしようか、たまには映画でも行ってみるか。 そんな談笑を交わしながら待つこと数分。 運ばれてきたのは珈琲と紅茶、それからティラミスに可愛らしいパンケーキ。 どうやら本日の珈琲のお供はティラミスに決定したようだ。 「珈琲の苦みには合うかなと思って。僕コーヒー飲めないから多分だけど」 「詳しいもんだな。そこまで考えて買ったこともなかったわ」 「この飲み物の風味ならどの味が合うかなーって考えながら頼むの、結構楽しいよ。 ただ食べたいもの頼むのもいいんだけどね」 「へぇ」 誘われるままにスプーンで一口分掬い取り、口へと運ぶ。 舌先に広がる香ばしい苦味、そしてふんわりとした口当たりと共に溶け出るような優しい甘味。 なるほど、確かに苦めの珈琲にはこれくらいの味が合いそうだ。 だがもう一口……といこうとしたところで、やはり気になり手を止める。 「美味しい?」 「あぁ、美味い」 「そっか、よかった!」 「……お前は食わねぇの?」 「へっ? あっ、いや、食べるよ? 勿論……」 先ほどから感じる違和感。 最初に気づいたのは視線だった。 談笑中から思ってはいたが、やけにちらちらと見られている。 次いで今。 美味しそうなパンケーキを前にしながら、澪はそのふわふわした生地をフォークの先端でつっつくだけ。 もう片手はテーブルの下で、所在なさげにうろついている。 「なにそわそわしてんだよ」 「やー……別に、なんでも……」 「なんだ、便所か」 「ちがっ、違うよばか!」 「じゃあなんだよ」 「うーん……?」 問いかけても首を傾げるばかりで、一向に答えが返らない。 不自然ではあるが、答えを得られないのではどうしようもない。 小さなため息だけ残して再開しようとした食事の手は、今度はため息に慌てた澪自身によって止められた。 「あっ、あのさ!」 「……だからなんだよ」 「えっと……笑わない?」 「笑うようなことなのか?」 「いや……よくわかんない」 「はぁ?」 「わかんないけど! ……隣、行ってもいい?」 「…………」 「黙んないでよ」 「……まぁ……好きにすれば?」 「そっちの荷物貸して」 「ん」 隣に陣取っていた荷物を手渡せば、澪が元々腰掛けていた場所へと収められる。 パンケーキと食器を先に俺の方に押しやってからソファとテーブルの間を通り抜けた澪は、くるりと反転し俺の隣へ腰掛けた。 そこでようやく綻ぶ笑顔。 「ん……落ち着いた」 「なんなんだよ」 「やっぱり僕、鉄馬君なら隣がいいな」 「……あ?」 「んー、美味しい! このパンケーキ癖になりそう! 姉さんにも教えてあげよう♪」 「…………」 先程までと一転、無邪気な様子でパンケーキを頬張り始める澪を尻目に、考える事暫し。 何気無く発された一言の意味を理解して、次に挙動不審になるのは俺の方だった。 顔の火照りを抑えきれず、片手で口元を覆い隠しながら必死に顔を背ける。 鉄馬君なら隣がいい。 つまりは……そういうことだろう。 「天然かお前」 「ん、なにが?」 「なんでもねぇ。早く食って次行くぞ」 「せっかちー」 体も弱くてチビで非力で、1人じゃなんにも出来なさそうな奴なのに。 今この瞬間、俺は確かにこいつに負けた。
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