PBWめも
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彼が過去に残したものは存在しない。あるのは弟との碑だけ。
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狐人の傭兵と、風の精霊の間に二人は生まれた。 今は亡き王国の魔術宮の中で。英雄の名にあやかって名付けられた。兄はヘクター。弟はアクルス。今思えば、この名前はいつか争い合うことを予見して付けられたのだろう。 それを母であるラファーガは知っていながら。風の精霊、それが彼らの母親だった。 五歳、自分の意思で行動できるようになるまでは普通の母親だった。父親、イリオスも尻尾を揺らして世話をしてくれた。朧気だった記憶では確かにそうだった。 逆に言えば、五歳になって以降の父親はただの傀儡だった。そして母親は真の姿を曝け出した。 教育と名ばかりの虐待。スパルタ教育と言えばそれもそうだろう。母親の教える"神話魔術"はヘクターの肉体を易々と破壊し、アクルスには祝福をもたらした。兄と弟で差ができた瞬間だった。兄はいつも懲罰房の中。弟は魔術宮の広い場所で母親に撫でられていた。二人とも嫌な顔を隠して。 「だからさ、逃げようよ。兄さん」 弟の提案。兄は懲罰房の中から、笑ってその手を取った。 兄は弟を愛していた。弟が活躍する姿が羨ましかったが、同時に出来損ないの自分を覆い隠してくれているようで誇らしかった。 弟は兄が痛む姿を見ていられなかった。兄に神話魔術以外の道を歩ませたいと母親に言いたかったが、怖くて言えなかった。それすらも母親の機嫌を悪くさせるかもしれないと思って。 ──弟は兄を逃がすことに成功し、"火の粉散る一つ脚(フラカン)"を喚んで王国ごと自爆した。 ──弟を想っていた兄はその日死んだ。 「■■■■■王国から逃げ出した?……そうか」 運よく傭兵旅団に拾われた子狐は、その日から神話魔術以外の戦い方を学んだ。 この世界は弱肉強食。魔物と魔法と人が共存する世界だ。魔物は生まれた時から頑丈な顎と鋭利な爪を持ち合わせているが、人の場合武器と魔法を努力して扱わねば生きることができない。 ──最初からそれを持ち合わせていた弟は、なんだ?魔物……? 全く別の疑問が頭の中で浮かびながら、子狐は大剣を取った。身の丈に合わないそれを、子狐用にと傭兵旅団は折り畳み式に打ち治した。 「"不死の剣(デュランダル)"!すっげぇ、ホントに何度折れても復活しやがる!」 数年間、傭兵旅団の一員として戦った狐の少年は、いつの間にか幹部として活躍していた。 大剣だけにこだわらず、あらゆる剣、あらゆる斧、槍、弓、盾、様々な武器に才を開花させた。しかし極めることはせず、臨機応変に使い分けるようにした。キヨウビンボー。なんて言葉を貰ったが、狐の少年は首を傾げた。 今日は初めてのソロ遺跡探索。そして自分の力で見つけることができた最上級の武器。 武器を使っては破壊していた彼にとって、これが最愛の相棒になることは決まっていた。人生初めての一目惚れだったのだろう。 「兄さん……ズルいなぁ。そんな楽しいことしてたんだ」 ──違う。違うんだ。赦してくれ。 謝罪は受け入れてくれた。代わりに全身が炭になるまで燃やされ、細胞の全てが壊死するまで凍らされた。 弟は生きていた。世界に破壊をもたらす過去の屍、オブリビオンとして。白磁の魔女として。 傭兵旅団は全滅。その中に狐の少年もいたが、生かされた。 「僕は兄さんを殺したくて殺したくて仕方がないんだ。だけど死なせはしないよ。兄さんは僕のことを好きって言ってくれたから」 ──前言撤回だ。生まれた時からテメェは大っ嫌いだ!! 狐の少年は人生で初めて、死というものを超越した。 その手にはグリモアを。その手には神話魔術の輝きを。命の息吹に包まれて叫んだ。 "人と神を分かつ時(エヌマエリシュ)"。それは弟も、母親も知らない。オリジナルの神話魔術。それもそうだ。この神話魔術は、あらゆる神々と人と絶縁する、数多の世界を行き来するグリモアの力ありきの永久絶縁魔法。 「……遅すぎたんだ。俺にだって、神話魔術の才はあった。ただ、気づくのが遅かっただけで……弟と別れちまった」 傭兵から猟兵に鞍替えしてから、風切りの剣は気づいた。 心無いことを言って、ようやく弟を本当に愛していたことに気づいたのだ。嫌いだったのは白磁の魔女だっただけの話。 端的に言えば、白磁の魔女は母親に酷似していたからだ。それが気に入らなかった。 猟兵の役目はオブリビオンから世界を守ること。 兄の役目は弟を守ること。 風切りの剣は覚悟を決めた。兄として、猟兵として、もう一度弟と逢い、白磁の魔女を討つ。 「兄さん、兄さんだけは……生きて」 ──ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ──こんなの嫌だ嫌すぎる嫌に決まってるどうしてなんで俺だけ俺ばっかりいつもいつもいつもいつもいつも!!アンタはいつもそんな顔を浮かべて俺を見ていやだ行かないでくれ頼むもう一度もう一度でいいからもう屍でもオブリビオンでもなんでもいい離れたくない俺も逝かせてくれ俺だってアンタのように俺だって……………………いやだ。いかないでくれ。 白磁の魔女を討った。 弟は今度こそ死んだ。 兄は死ねずに生きた。 やっぱり大好きだった。弟の全てが、白磁の魔女でさえも好きの一部だった。 兄として、破壊者の一面さえも愛おしかった。 猟兵として、歩めるチャンスを与えたかった。 自分で消しておいて、今になって欲しがるその姿は、甘えん坊の子狐だった。 「いいんだ。アイツはもう死んでた。それが亡霊になってやってきた。それだけなんだ」 「……兄さん、だからといって僕をユーベルコードにする必要はないでしょ。未練たらたらじゃないか」 「バーカ。テメェこそオブリビオンになるほど未練たらたらだったじゃねぇか」 「兄弟の宿命だよ……はぁ。ばーか」
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