お題:言わないで

作成日時: 2021/03/22 21:16:05
 その知らせは、あまりにも突然だった。

 依頼終わりに響いた明るい着メロ。
 スマホを取り出し耳に当てれば、聞こえて来たのは慌てたような同居人の声。

 澪が倒れた。

 脳が意味を理解した瞬間、俺の足は動き出していて。
 仲間の呼び声にも、止まる事も振り返る事も出来なかった。




「どうしたの、そんなに急いで」

 看護師の注意も聞き流し駆け込んだ病室。
 窓際のベッドで体を起こした澪のいつも通りの声色に、強張っていた体から漸く力が抜けていくのを感じた。

「……それはこっちの台詞だっての。電話で聞いてマジビビったんだぞ」
「あぁ、そっか。ごめんね、仕事の邪魔したかな」
「いや、丁度終わったとこだったしそれはいいんだけどさ」

 ベッド脇の椅子に腰かける。
 白く輝くシーツに反射した日光が酷く眩しかった。

「また寿命削ったんだってな」
「うん……ギリギリでやめるつもりだったんだけど」
「ギリギリってなぁ……れーい、お前ただでさえ心臓弱いんだから、もっと自分を大事にしろよな」
「そう、言われてもなぁ……」

 フッと、その瞳が陰りを帯びたのを見て、あ、ヤバいと直感した。
 窓の外に視線を逸らされ、俺の位置からは表情が伺えなくなる。
 けれど、だからこそ、澪の思考が手に取るようにわかってしまって。

「皆の方が、大切だから」

 嗚呼、またか。察したと同時に唇が震える。
 それが澪なりの優しさなのもわかっているけれど、悲観的な彼の言葉は鋭い棘のようで。

「どうせ放っといてもいつかは消える命だし」

 やめて。やめろ。頼むから、それ以上は。

「皆の幸せを守れるなら、僕は――」

 空気を読まず鳴り響いた明るい音楽。
 彼の口が止まったのを見て、わざとらしくスマホを掲げて見せた。

「ワリ、諒太からだわ。出てくるな」
「……行ってらっしゃい」

 視線を振り払うように部屋を出て、音を止める。
 本当は着信など来てはいない。
 操作したのは自分。
 紡がれる言葉を止めたくて。
 戻った時に話を逸らしやすいように。
 卑怯だとは思うけど、それでも。

「澪にとってはどうでもよくても、俺らには……唯一なんだよ」

 関係性とかは関係無い。
 澪は俺達にとっての光で、かけがえの無い大切なもので。
 だから、だから頼むから。



(死んでもいいなんて、言わないで)
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2021/03/22 21:12:22
最終更新日時:
2021/03/22 21:16:05
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