いじめっ子の真実〜夏輝視点〜

作成日時: 2020/03/11 19:57:45
少しだけいじめの描写があります。





 平和に過ぎた小学校時代。
 友人との別れを惜しんだ卒業式。
 最後のクラス会ではいつものように馬鹿やって、門限ギリギリまで遊び歩いて。
 沢山の思い出を胸に新たに始まった中学校生活。
 入学式、生徒の列に並びながら、今度はここで頑張るんだって密かに意気込んでいたのに。

 偶然、彼を見つけた。
 最初は女の子かと思ってた。
 学年の中でも圧倒的に小さくて、全体的に淡い色彩を持ったクラスメイト。
 純粋に、可愛い子だと思った。
 男だと知った時の衝撃も大きかったが。
 同時に他の人には無い、不思議な魅力を持った子だとも思った。
 自分から周囲に溶け込もうとせず、空の彼方を見つめる憂い気な瞳。
 見た目に似合わず大人びた雰囲気があまりに綺麗で、気づいた時には声をかけていた。



『さっきからなに見てんの?』

『……えっと』

『あ、俺は小林夏輝。
 皆にはなっちゃんって呼ばれてたし、それでいいよ』

『……僕は』

『栗花落澪、でしょ』

『え、なんで』

『さっき話した男子が噂してた。
 超可愛い女の子がいるぅーって』

『なっ、僕は男ですっ!!』

『もう知ってるよ。
 だから声かけたんだし』

『へ?』

『俺と、友達にならない?』



 その時の彼の表情は今でも忘れない。
 驚いたような、それでいて嬉しそうな。
 中学校生活初めての友達というわけではなかったけれど、やっぱり今まで話した子の中で一番可愛いと思った。

 だけどこの時、彼に目を付けたのは俺だけじゃなかった。
 気づけばよかった。
 俺達のすぐ後ろで、“悪魔”が嘲笑っていたことに。

 帰り道、校舎を出るためにトイレの前を通ろうとして、思いきり引っ張り込まれた。
 茶色い髪の優しそうな少年。
 この後ろ姿クラスで見た。
 確か、晃っていう名前の子。
 今日話せなかった分明日話そうと思ってたところだから、正直驚いた。

 個室に連れ込まれ、壁に押し付けられ。
 その目が冷たく輝いたかと思うと、首筋にヒヤリとした感触。
 恐る恐る視線をやると、そこには鋭利なカッターの刃が宛がわれていた。
 どうしてこんなことになっているのかわからない。
 ただ、その次に聞こえた言葉が嫌に耳に残った。



『君の可愛いお友達、明日から皆の玩具にするから。
 逆らったら殺すよ』



 本気だと思った。
 産まれて初めて脅されて、体が震えるくらいに怖くて。
 気づいた時には、頷いてしまっていた。
 それが俺の、いや……俺達にとっての、地獄の始まりだった。



 まずは澪との会話を禁止された。
 あからさまな避け方をしたせいか、悲しそうに俯く彼。
 これからのことを思うと心が痛くて、だけど悪魔に逆らう勇気は俺には無くて。
 計画は休み時間に実行されたらしい。
 悪魔と教室を出て行く彼と、その背を見送るしか出来ない俺。
 他のクラスメイトと話して気を紛らわすことでしか、冷静さを保てなかった。

 次に彼との接触を禁じられた。
 彼の病気を知った直後。
 突然目の前で倒れた彼に駆け寄ろうとして怒鳴られた。
 彼の身になにが起きても、見捨てることを強制された。
 それがたとえ、命に関わることでも。

 続いて命じられたのはいじめへの積極的な荷担。
 見ているだけでは済まなくなった。
 友達になろうと誘ったのは俺なのに。
 悪魔に命じられるまま、彼の華奢な体に傷をつけた。
 この頃には参加者も増えていて、やっぱり皆脅されたのかなとか、騙されたのかなとか考えて。
 だけど実際はそれだけじゃなくて、悪魔はいつの間にかクラスのリーダーになっていた。
 奴に逆らうことは、クラスを敵に回すこと。
 馬鹿な俺でも流石に気づく。
 奴の機嫌を損ねることは、死刑宣告も同義だと。

 もしかしたら表情に出てたのかもしれない。
 あるいは彼の勘が鋭いだけか。
 どんなに酷いことをしても、彼は俺にだけは優しい目を向けてくる。
 何もかも見透かされているようで、怖くて、怖くて。
 彼の思いから逃げるように、俺は彼に手をあげた。
 何度も、何度も。
 消えない痣が残るまで。
 悪魔への忠誠を、自分自身にも言い聞かせるために。

 それでもすべてを変えることはできなかった。
 二学期になって、元々の性格もあってか呼び出し役に任命された俺は、その為の接触だけなら許可してもらえるようになった。
 それをチャンスと捉えた俺は、やっぱりまだ悪魔に逆らいたかったのかもしれない。
 言い訳を作っては話しかける。
 言葉の節々に本音を滲ませながら、彼にだけは届くようにと。
 手を貸したことも何度かあった。
 保健室まで様子を見に行ったことも。
 誰にも見つからないように、ごめんなさいの代わりに。

 そんなある日、下駄箱に入ってた一通の手紙。



『信じてるから』



 たった一言、丁寧な字で綴られていて。
 涙が止まらなかった。
 戦うつもりも無いくせに、こんな中途半端な伝え方で期待させて、裏切り続けるだけの自分のやり方が、卑怯者としか思えなくて。
 ただただ、悔しくて。

 それからは言葉で伝えるのをやめた。
 一晩考えて出した結論。
 結局楽な方を選んでしまった。
 どちらに転んでも同じ地獄。
 それでも澪と同じ場所には立てなかった。

 期待させちゃいけない。
 裏切るならとことんやらなきゃ。
 その方がきっと、悲しませずに済む。
 今までより冷たい言葉も吐いて。
 最中は意図的に笑うようにして。
 彼の目は絶対に見ないと決めて。
 彼が少しでも嫌いやすいように。
 俺を見放してくれるように。

 いつものように呼び出して、悪魔の元へと連れていく。
 その時は必ず手首を掴んで。
 彼の手が強張るのがわかる。
 離さないよう指先に力を込めた。
 気づかれないように、彼の脈を肌に感じて。
 全てを決めたあの日から続けている、俺だけの儀式。
 届かなくてもいい。
 二度と気づいてほしくない。
 彼の命に安堵する毎日なんて、俺だけのものでいい。

 一年以上が経った今。
 俺は今日も彼の手首を掴む。
 その命が続いていることの確認と、謝罪と後悔を乗せて。
 抵抗されたことは一度も無い。
 それが彼なりの優しさならば、俺も耐えなきゃいけないから。
 いつか来る未来を信じて、共に地獄へ降りて行く。

 もしもその時が来たのなら、いつでもこの手を引けるように。
 これが俺の……夏輝の真実。
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2020/03/11 19:57:45
最終更新日時:
2020/03/11 19:57:45
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