花よりも

作成日時: 2020/03/12 19:40:41
「すごーい、満開だぁー!」



 ひらり、ふわり。
 僕の隣から離れた君の、薄紅に彩られた軽やかなステップ。
 風が運ぶ甘い香りは、果たしてどちらのものだろうか。



「お花見、間に合ってよかったねー。皆も来ればよかったのに」

「夏輝と宗田が、赤点、やったからなー。
 ほんとは澪が教える筈だったんだろー?
 鉄馬と晃が代わってくれたけど」

「だってお花見は今だけじゃん!
 お花見というか散歩だけど……勉強はいつでもできるのに」

「まぁ……そもそも皆、花に興味持つタイプでも無いしなー」

「そうだけどぉ……こんなに綺麗なのになぁ……」



 半分ほんとで、半分嘘。
 皆きっと、本物の花には興味が無い。
 夏輝は好きって言うかもだけど、理由はわかりきってる。
 皆同じだから。
 ほんの少しだけ、夏輝の方が素直なだけ。

 本物には興味ない。
 愛されているのは、別の花。



「諒太君もだよね」

「え?」

「好きじゃないでしょ、桜とか。
 花より団子だもんねー、屋台とかあったらすぐ飛んで行っちゃいそう。
 焼き鳥とか、じゃがバターとか?」



 くすくすと笑う君。
 きっとなにもわかっていない。
 君が好きだと言ったものだから、好きじゃない人なんている筈ないのに。

 桜並木に映える鮮やかな笑顔が、瞼の裏に焼き付けられて。
 歌を奏でるような高い声が、鼓膜を揺らし心を攫う。
 この世界にあるどの色よりも、儚く綺麗な琥珀色。



「好きだよ」

「あはは、知ってるよ。
 どこかに屋台あればいいんだけどなー……まだお腹もちそう?
 途中で食べ物やさんあったら寄っていこうか!
 僕もお腹空いてきたし」



 ちがう、そうじゃない。
 そうじゃないんだ。
 伝えたい言葉も、頭の中を行く宛てなく反響するだけ。
 わかってるから。
 君がいつも見ている人も。
 それが僕じゃないことも。

 だから、言えない。
 言わない。
 この想いは、僕だけの秘密。



「あっ、お茶屋さんだって。寄っていこうよ」

「そうだなー」

「なに食べよう……あっ、このパフェ美味しそう! ねっ諒太君、ほら!」

「あ、ほんとだぁ……澪、これ、結構デカいけど、一人で食べきれるかー?」

「だーいじょうぶ、一緒に食べればいいんだよ。
 どうせ諒太君いっぱい食べるんだから、半分こしよ。好きでしょ?」

「……うん」



 舞い落ちてくる花びらが、ふわりと澪の髪を掠めて地に落ちる。
 満開の桜達も、君の笑顔の前では霞むようで。
 世界にただ一輪の花。
 皆に護られながら、ただ一人を想い一途に咲く可憐な花。
 そんな花だからこそ……僕はきっと、惹かれたのだろう。

 もしも伝えてしまったら、もう僕の前では、咲いてくれなくなるのだろうか。
 それとも優しい君だから、僕に寄り添い枯れていくのだろうか。
 自分の想いさえ諦めて。
 そうなれば僕は、僕自身を許せなくなる。
 ……皆に怒られちゃうし。

 護りたい花。
 愛した華。
 他の誰かを、愛する人。

 どんなに甘いお菓子より
 どんなに美しい花よりも
 僕は君が――



「だいすき」
基本情報
更新履歴
情報
作成日時:
2020/03/12 19:40:41
最終更新日時:
2020/03/12 19:40:41
記述種類:
標準

見出しリンク
更新履歴
2020/03/12 19:40:41