(仮)

作成日時: 2020/01/23 19:07:06
●戦いを憂う者たち

「これが、君たちが見たかったものかい幻朧戦線」

 氷の迷宮の中で木霊する戦いの音。迷宮の中、至る所で猟兵とグラッジ弾により集まった影朧の戦闘が繰り広げられている。

「こうなると思っちゃいなかったんだろうさ、きっと」

 アルビレオ・ゴードン(Nostallgia・f16391)とエルス・クロウディス(昔日の残響・f11252)はこうなってしまった現状を憂う。戦いなど自ら求めるものではない。ましてやそのために犠牲を払う必要など皆無だと2人は知っている。

「殺す」
「コロス」
「ころす」

 目の前にいる影朧の少女たちもそう。何かを護るために、何かを成し遂げるために始めた戦いだとしてもそれを目的にしてはいけないのだ。戦いはいつか終わる。時間は掛かるかもしれないがいつか必ず終わるものなのだから。

 少女たちの境遇も理解はできる。

 きっと戦いの中でその命を散らせたかったのだろう。
 そう覚悟を決めていた。
 自分たちが国を、大切な誰かを護りたかったのだろう。
 それが存在意義だった。

 しかし戦いは終わり、少女たちは不要になった。戦いに赴けなくなった。存在意義がなくなった。


「君たちの気持ちもわからなくはない。だけど僕は、一切同情してあげないよ」
「平和を目指して戦ったんだろ? なら平和になっても戦うのは違うだろ。あんたらはお役御免になったことを恨むんじゃなくて喜ぶべきだったんだ」
「君たちの恨みつらみ、それを今を生きる子達にぶつけるのは違うだろう」

 理由はどうであれかつては平和のために戦った少女たち。影朧になったとはいえその少女たちに平和を乱させてはならない。

「だからここで俺が止める」
「だからここで僕が止める」

 ———変身。
 アルビレオの一言と共に外される腕輪。若返りを抑制していた腕輪を外せば瞬く間にその姿はかつて仲間たち共に戦場を駆け抜けた時代の物へと変わる。

「さあ、頼むよ皆、我が【栄光と敗北の第六小隊】。僕らで、過去の亡霊を撃ち抜こう」

 若返ったその姿こそアルビレオのヒーローとしての姿。黒いスナイパーライフルを担ぎ、眼鏡を外し、現れるヒーローNostallgia。かつての仲間達の技術と共にヒーローは戦場へと舞い戻る。

「今ここであんたらを戦いから解放してやるよ」


 桜の舞う氷の迷宮で過去に囚われた乙女の最後の戦いが始まった。


 アルビレオとエルスの戦闘は自然と前に出るエルスと後方に位置するアルビレオという陣形になった。
 エルスが戦場を駆けまわり少女たちを翻弄。その間にアルビレオが少女たちを撃ち抜いていく。

「くっ!」

 もちろん少女たちも反撃を試みなかったわけではない。桜の花びらを操りアルビレオを捕縛しようとするが。

「おっと」

 エルスがその身に纏う黒い外套『涯装:闇套』を帯状に伸ばし桜吹雪をはたき落とす。これのせいで少女たちがアルビレオをいくら狙おうとその桜の花びらが届くことはなかった。

「ならば!」

 エルスが邪魔をするならば先にエルスを、と考えるのも自然だろう。しかし少女の振り上げた鋼鉄の桜の花びらで形成された刀はその刀身を弾丸で撃ち抜かれ、ただの桜の花びらと成り果てる。
 少女が狙ったのは背後から。それも射線を切るためにわざわざエルスの後ろへと回り込んだ。つまりここは射線が通ってないはず。しかしアルビレオは周囲の氷の壁による跳弾を利用し正確に少女の手元を狙い撃ったのだ。


 少女たちの攻撃は2人に阻まれ届かない。
 そして散開していた少女たちは自分たちの徐々に集められていることにも気づかない。動きの出足をあらゆる角度から狙撃され、反撃は総て黒い布により弾かれ、少女たちは体勢を立て直すためにも固まらざるを得なかった。

 それこそがエルスの狙い。
 帯状に展開した闇套とはいえ長さにも限りがある。つまりその長さに収まりきらなければ少女たちを纏めて拘束することはできない。エルスが今展開できる長さは約半径60m。

「———廻れ」

 その範囲に少女たちが入った瞬間に発動される【骸驟佚式】。展開された闇套が大きく開き、少女たちを包み込み拘束しようと縮みだす。
 少女たちも桜吹雪を放ち抵抗を試みるがその桜の花びらも纏めてエルスの闇套は拘束する。

「これで終わりだよ」
「まだ! まだ私たちは戦える!」

 頼みの綱の疑似幻朧桜の花びらも拘束され力を発揮することはできない。もうこの戦いの決着はついた。他の場所で行われていたはずの戦闘もいつからか音が聞こえなくなっていた。つまりこの戦場が最後となる。

「平和な世界には、僕らも君らも必要ないのさ」
「平和なんて!」
「思い出せよ。あんたたちはその平和のために戦ったはずだ。だから役目を奪われたんだじゃない。役目を果たしたんだ」
「役目を…果たした……?」

 そう、少女たちはその役目を全うしたからこそ戦争の終結と同時に解散された。少女たちの働きは無駄ではなかった。護りたかったものを護れたのだ。

「次はもうちょっと気楽にな」
「君たちの作り出した平和な世界を楽しむといいよ」

 エルスは震脚と共に【司纏軼尖】を発動。震脚の振動により身体のスイッチが切り替わり強大な生体電流を生成する。本来であれば自身の強化に用いるその電流を限界まで引き上げ、エルスは拘束した帯に乗せて流し込んだ。

 身を焦がすほどの電流を浴びた影朧の少女たちはその身を桜の花びらへ変え消滅する。


 この世界を恨んだ少女たちは雷と共に、桜吹雪となり消え去った。

 そして戦闘の終了と共に氷の迷宮は砕け散り、一陣の風が桜の花びらを風に乗せ運んでいった。


●桜散る帝都

 こうして猟兵たちの活躍によりグラッジ弾は回収され、今回発見された幻朧戦線の研究施設も捜査が入ることとなった。恐らく今回発見された研究施設は幻朧戦線が持っている物の一つに過ぎないだろう。

 今回の事件も始まりに過ぎない。帝都を脅かす悪意は未だ蠢いている。

 しかし過去から今に至るまで紡がれてきたモノも猟兵たちの活躍により護られた。
 悪を成そうとする者がいようとも、護る者がいる限り太平の世は続く。


 ———こうして今日もまた帝都の空に桜が舞う。