ペインの過去

作成日時: 2019/06/08 18:51:00

【始まり】

―――自分は、鉄くずから作られたと、言ったけれど
―――つまりは、その鉄くずが、元はなんだったのかという話

その声を、覚えている

『よう、注文したやつ、できているか?』
『来たか、奥にあるぞ』

高すぎず、低すぎない、どこか、茶目っ気の在る声を

『へえ、こいつか』
『注文通りだろ』
『確かに』

忘れない、きっと

『んじゃ、これから宜しくな、相棒』

円盾として生まれたときに聞いた、その声を

もし、最初から心があったなら、と言う前提の元だけど
最初の印象は、正直、あまり良くは無かったと思う
自分は、彼のために作られたわけだけど、
その注文が、『とにかく頑丈にして欲しい。飾りは要らないから安くしてくれ』だった
おまけに、支払いはツケでとか、言っていた
そんな人が、持ち主として、ちゃんと使ってくれるのか
もしその頃の自分に心があったなら、不安に思っただろうね

その予想は、在る意味では、当たっていた
扱いは荒かったし、そもそも目的以外の方法で使われもした
何もない日、或いは、野営の際に、枕代わりにされた事もあった
酔っ払って、木の棒で叩かれ、楽器代わりにされたこともあった
……鍋代わりにされて、スープを作り始めたのには、正直引いた
最も、手入れは欠かされなかったし、傷も、なるべく直された
だから、悪い人では無かったと、思う

彼には、戦いの才能があった
自分を手に、いくつもの戦場を渡り歩いた
最初は、傭兵として
次第に、仲間が集まって、傭兵団の長として
そして、どこかの国に召し抱えられて、騎士として
彼は、その名前を、広めていった
同時に、自分のことも、話題にされた
飾りの無い、鋼鉄製の円盾
ほとんど手抜きのようなもので作られて、時には鍋代わりにもされたそれは
いつの間にか、『持ち主の想いの強さに応える盾』なんて言われた
……そのことが、誇らしかった

彼も、いつの間にか結婚し、子どもも生まれた
流石に、ある程度の年齢になったら、彼でも落ち着いてきて、威厳のようなものも出てきた
その頃には、彼の名は、その国では知らないものの方が少ないと、言われるほどだった
同時に、自分のことも
そんな彼も、孫が生まれる頃には引退した
同時に、自分は家宝扱いされて、彼の子に引き継がれた
彼は、冗談交じりでそうしたんだろうし、実際、笑っていたけど
彼の子の方は、真剣な表情をしていたのが、すごく、印象に残っていた

彼は、病気で死んだ
でも、ほとんど寿命で死んだと言っても良い状況だった
孫に囲まれて、ひ孫も居た
大往生だ
すごく、安らかな死に顔だった
それでも、すごく、悲しかった
その頃には、自分は、心を得ていた
でも、人の姿には、なれなかった
最後に一言、別れの挨拶がしたかった

自分は、家宝ではあったけど
彼の子孫に引き継がれ、戦場に持って行かれたこともあった
なにせ、『持ち主の想いの強さに応える盾』らしいからね
いつの間にか、彼の子孫でさえ、それを信じていたから
大事な戦いでは、必ず持って行かれた

彼の、ひ孫の1人だったと思う
その子は、彼と同じか、それ以上の才能があった
幼い頃から、大人顔負けの戦い方ができた
だから、彼の子孫は、その子の名前を、彼の名前に変えた
そしてその子は、彼の2代目を名乗るようになった

その戦場を、忘れられない
その子の、初陣だったもの
自分は、その子が守られるようにと、渡された
……でも、できなかった
最悪の初陣だった
味方は、すでに裏切っていて、情報が筒抜けだった
火攻め、毒責めが平然と行われた
仲間割れも起きた
そして、その子は、才能があったから、最後まで生き残れた
……いや、最後まで、生き残ってしまったんだ

その子は、捉えられた。最後の生き残りとして
そして、その子の目の前で、自分は壊された
何度も、何度も、金槌を振るわれて
歪み、割れ、最後には砕け……。そして、鉄くずになった

【指潰し】


はっきりと覚えている
鉄くずが、融かされ、型に流し込まれるのを
型から外され、冷やされ、整形され……。自分は、作られた
そして、最初の仕事は……。盾の持ち主だった、その子だった
覚えている。忘れられない
自分の産声は、あの子の絶叫だった

あの子が死ぬまで、自分は外されなかった
そして、次は、あの子の兄弟が順番に
その次は、あの子の父親が
その次は、母親が
祖母が、そして、彼の息子で、盾を受け継いだ祖父が
1人ずつ、順番に、わざわざ、生まれを説明されてから
死ぬまで、指を潰し続けた

自分は、もはや、盾とは真逆のものになり果てた
ただ人を傷つけるだけのものになってしまった
自分はそれに苦しみ、けれど、歓喜していた
……或いはそれだけならば、まだ救いはあったかもしれない
けれど、指を潰すことになった人々は……
主に、女性や子どもが多かった

その場所を、地獄とは、呼びたくない
地獄は、悪人が、生前の悪行から落ちる場所だから
だから、悪人でも無い人々が、してもいない悪行を吐かされ
それを、拷問官が笑って見るような場所が、地獄なわけはない

奴らは、拷問を生業としている一族らしかった
最も、拷問を娯楽代わりにしている一族と言った方が、正しいだろう
かつては、闇に隠れた一族だったのが
一部の富裕層の趣味を満たすために、仕事を受けた結果、ああ成り果てたらしい

自分の扱いは、様々だった
丁寧に扱われたこともあったけど、それはどちらかと言えば、少数
適当に扱われた方が、多かった
肌が張り付くほど、極端に冷やされたこともあった
逆に、肌が焦げるほどに、極端に熱せられたこともあった
電極につながれて、電気を流されたこともあった
毒に浸され、或いは塗りたくられたことも多かった
毒代わりに、塩や古い酒に浸されたこともあった
その時は、そのまま酒樽に放置されたことさえあった
……いっそそのまま、忘れてくれとも願っていた

時折、他の拷問具の声が聞こえることがあった
彼らは、皆、こう言っていた
『そんなに辛いならば、受け入れた方が良い』と
そこに、自分を嘲るような意味は無かった
皆等しく、自分を心配していた
けれど自分は、それが受け入れられなかった
どうして、受け入れられようか

自分は、いつの間にか、怨念を纏うようになっていた
毎日のように扱われたから、それは確実に大きくなっていった
人の指を潰す度
人が血を流す度
人が叫び泣く度
怨念は、その力を増していった

【復讐とは呼べない】


その日のことを、覚えている
目が覚めた、そんな感覚がした
自分に、手があった
手の中には、自分が握られていた
……そして、目の前には、潰された一族の1人の死体があった

自分は、ゆっくり歩いていたと思う
一族に見つかる度、自分は、それを殺していった
本体を巨大化させ、首や頭、時には全身ごと潰した
見かけた一族、老若男女関係なしに
そう、子どもも、女性も、関係なしに

頭は、冷静に考えていた
これに、意味は在るのかと
でも、どう考えても、意味なんて無かった
確かに、主を殺された
でも、その当事者はすでに死んでいるし、自分も、加害者の側だ
確かに、自分は手荒く扱われた
でも、意思ないはずの器物をどう扱おうが、主の自由だ
ならやっぱり、これに意味は無く
つまりは、ただの八つ当たりだった

多くの一族は、自分から逃げようとするだけだった
でも、時には、立ち向かってくるもの達もいた
覚えている
ナイフを手に、様々な暗器を扱ってきた者がいた
焼き鏝を手に、融かそうとしてきた者がいた
膝砕きを手に、四肢を潰そうとしてきた者がいた
重石を手に、押しつぶそうとしてきた者がいた
スタンガンを手に、電撃で気絶させようとしてきた者がいた
猫鞭を手に、距離を保ちつつ、攻撃してきた者がいた
毒湯を手に、毒を流し、動きを封じようとしてきた者がいた
皆、全て、潰してきた

『始まり、或いは、続きから』


潰した死体の数は、数えてなかったけれど
100は、超えていたと思う
最後の1人を、潰し殺して
……そして、自分は、その場に倒れた

自分が、戦えていたのは、100年分の怨念があったからだった
『持ち主の想いの強さに応える盾』、その力が、歪んだ結果
自分は、『負の感情を喰らう指潰し』になっていた
そして、100年分の怨念を、全て使い切り……、自分は、消えようとしていた
それで、良かった
主を失い、意味の無い殺戮を行った自分に、生きる意味は無かった
だから、そのまま、薄くなっていく身体を、ぼんやりと見ていたら……
彼らが、現れた

『やっほー♪ 元気にしているかい?』

1人は、白い仮面を付けた、にやけた笑みを浮かべる、痩せ型のモノクロのピエロ

『ずいぶんと、ボロボロですね……』

1人は、全身を手の先から顔まで包帯で包み、その上から執事服を着た青年

『まあ、あれだけ暴れりゃあ、仕方ない』

1人は、上半身裸で、顔に木彫りの面をつけた、大柄で全身傷だらけの男性

『惚れ惚れする暴れっぷりだったからの』

1人は、自分の倍近い体格を持つ、牛頭で黒曜石造りの、黒鬼の男性

『ふむ、想定通り、消えかけのようですね』

1人は、顔が無機質な仮面で覆われている、メイド服を着たサイボーグの少女

『確かにね。……でも、それはつまらないわ』

1人は、黒い豪奢なドレスを着て、顔をベールで隠した女性

『何分、責任もとってもらわないと』

1人は、白いシンプルな着物姿で、顔を紙で隠した黒髪の女性

一目見て、分かった
彼らは、自分が戦った、拷問具達だと
そして、責任となると……

『敵討ち、かな』

その時初めて、声を出したかもしれない
その声は、あの子のものそっくりだった

『いやいやいや、そうじゃないのさー』
『あ、ちょっと皆は黙っててね。混乱させたくないし、すぐ終わるからー』

歌うような声色で、ピエロが、他の器物の代表として、語りかけた

『君さー、あいつら、皆殺しにしちゃったよね』
『だから持ち主が、もう居ないんだよねー』
『このままだと、ずっと放っておかれるかもしれないのさ!』

そんなのつまんなーい。なんて、言ってたね
じゃあどうすれば、なんて言う前に、ピエロはそのまま自分に言った

『だから君には、主になって欲しい!』
『ここに居る7種の拷問具達の、主としてね!!』

正直、絶句した
今ここで、消えるつもりだった自分に
生きる意味の無い自分に、主になれと?

『なぜ?』

自分は聞いた。なぜわざわざ自分を主にしたいのかと
貴方たちも、立って歩けるじゃ無いかと
そして、道化は、息を吸い込み―――

『これを見ている観客の皆々様!』
『遙か天の彼方から見下す神々か、或いはその辺の精霊か、或いはもっと別のものか』
『なんにせよ、一連の出来事を見ていたもの達よ!』
『―――この少年、どう思った?』

『悲しき悲劇の、或いは復讐譚の主人公だろうか?』
『同情したものもいるかもしれない、』
『関係ないものまで殺すのはどうかと、批難したかもしれない』
『されど、観客の皆々様!』
『ここに居る道化は、こう愚考するのです!!』

『―――この少年の、笑顔が見てみたいと!』

『悲劇の主人公が、幸せになる姿が見てみたい!』
『復讐の主人公が、大切な人々と共に歩む姿が見てみたい!』
『ああ、なによりも!』
『今まで、運命に翻弄され、苦しみ、傷ついてきたこの少年が!』
『もしもこの先、生きていくことによって!』
『―――「幸せだ」と、笑うようになったなら!』

『それはなんと痛快なことでしょうか!!!』

『ここに居る道化は、それが見てみたい!』
『つまらない悲劇よりも、退屈な復讐よりも!』
『この世になんの意味も見いだせていない少年の、その欠伸が出そうなほどなまでの普通の生涯の方が!』
『―――この道化には、きっと、面白いと思ったのですよ』

他の器物が、笑みを浮かべながら見守る中で
わざわざ、振り付けまでして、道化はそう言った
ああ、つまりは

『自分がどうなるのか、見てみたいからか……。悪趣味、だね』
『悪趣味で結構さ! 元より、善悪気にしないたちなんでねー♪』

ああ、そう笑う道化の姿に、彼の姿が重なって見えたのは、きっと、気のせいだろう
……でも、なんだか、心の奥底で、何かが動いた
そんな、気がしたんだ

【兄と姉】


『……貴方たちの、持ち手が見つかるまで。それ位なら、主をしていても良いよ』
いつの間にか、そんなことを、言っていた

『んー、それじゃあ、足りないかなー』
『それじゃあ、適当な奴見つけて、ぽいぽいっとして終わりだろー?』
そんなつもりは無かったけど、道化は、少し困った顔でそう言った
そして

『いよっし、決めた!』
『―――お前、弟になれ!!』
なんて、ニヤニヤ笑いながら、言い出したんだ
驚いて、声が出ない自分に、道化は続けてこういった

『お前が死なないよう、これから、何人かで力を分け与える』
『同時に、それは呪いに変える』
『すぐには手放せないよう、条件を満たすまで、縛り付ける』
『―――そう、我ら、兄姉からの、宿題を果たすまで』

道化はそう言って、そして、自分の中に、何かが、流れ込んでくるのを感じた

『“インモラル”の名のもとに! お前に素敵な宿題を渡そう!』
『“大声で笑い”、“1人以上笑わせろ”!!』
『残酷な運命に立ち向かい、苦しみ、それでも笑顔と共にあれることを、証明しろ!!』

道化は、笑いながら、そう言った

『“インモラル”の話に乗るわけではありませんが……。貴方には、感じるものがある』
『私は、“ジョン・フット”』
『“ダンジョン・フットマン”の略です』
『私からは、“親友と呼べる人を見つける”ことを』
『主まで、いかなくて良い』
『心を許し、背中を預け、共に支え合える存在が、貴方には、必要でしょうから』

包帯姿の執事は、優しく、そう言った

『まあ、俺も乗るぜ』
『どうせ、他にやることも無いしな』
『それに、ただ朽ちるよりも、こっちの方が、楽しそうだ』
『俺は、“クランツ”』
『宿題は……。あー、うまいもんでも食べてりゃあ、笑えるんじゃねえか?』
『だから、そうだな。“好きな食べ物をたらふく食べろ”』

木彫り面の大男は、頭を掻きながら、そう言った

『見たところ、君はまだまだ年若い』
『ここで死ぬのは、あまりにも惜しい』
『だから、儂は、君に付き従おう』
『名は“黒曜牛頭鬼”』
『君は、“子どもらしく思いっきり遊ぶ”ことをした方が、良いだろう』

牛頭鬼は、身体と同じく、キラキラと輝く目を向けて、言った

『弟……。ふむ、興味深いですね』
『なので、以降、私のことは、お姉ちゃんと呼ぶように』
『あ、名前は“ニコラ・ライト”ですから、ニコラお姉ちゃんでも良いですよ』
『宿題は……。そうですね』
『1度で良いから、“誰かに感謝され”なさい』
『貴方が、今までの経緯を、重く受け止めているなら』
『何かしら、救いを受けた方が、良いでしょうから』

サイボーグのメイドは、どこか、楽しげに言った

『私は、兄弟というのは、どうでも良いけれど』
『貴方がこのまま消えるのは、つまらないわ』
『“キャット・バロニス”』
『“キャット”で良いわ』
『お題は、そうね……』
『“昼寝の良さを知り”なさい』
『大変よ? 真面目なだけでは、一生分からないかもしれないから』
『まあ、精々、生き足掻きなさい』

ドレス姿の女性は、クスリと笑いながら、そう言った

『この流れなら、私だけ不参加、などは無情ね』
『私は、“煉獄夜叉”』
『貴方は、顔も悪くないのだし……。少し整えれば、言い寄る人も多そうね』
『だから、恋をしなさい』
『受け身になるのでは無く、心の底から、人を好きになりなさい』
『“恋をしてその気持ちを伝え”なさいな』
『どんな終わりになろうとも、恋心は、その思い出は、裏切らない限り輝くものよ』

着物姿の女性は、口元を押さえながら、そう言った

7人7様、力が、自分に、注ぎ込まれた
それは、ただの力のはずなのに、どこか、暖かかった

『名前、そしてーーー』


7人の力が流れ込み、自分の身体は、安定していた
同時に、心も、落ち着いていた
相変わらず、生きる意味は、分からないけど……
でも、少しだけ、生きようとは、思えていた

『さて、最後の仕上げの時間だ!』
『たった今、この場で、お前は生き直すことを決意した』
『悲劇と復讐譚の主人公であることを止め、生まれ変わることになった』
『なら、兄弟を代表して、名前を与えよう!』

道化……。“インモラル”は、そう言った

『名前……』

そこで、気がついた
自分は、今まで1度も名前を付けられたことが無いと
それこそ、彼やあの子にさえも、特定の名前を付けられたことは無かった
……とはいえ、“インモラル”に名前を付けられるのは、少し、不安だったけども

『さてさて、そうだねー。名前、名前、名前は―――』
『“ペイン”』
『“ペイン・フィン”……なんてどうだい?』